自分は恋愛弱者で30までに彼女を作る目標も諦めました。自分が情けないです

「自分は恋愛弱者で30までに彼女を作る目標も諦めました。自分が情けないです」への回答

• 回答したカウンセラー

  

  臨床心理士 / 公認心理師

  浅井 音楽

  【臨床心理士/公認心理師】
  思春期・青年期のアイデンティティを中心に、人間の苦悩全般に興味があります。最近はコミュニティによるケアに関心があり、雑貨屋やカフェ、本屋をなど兼ねた場所を作りたいと思っています。趣味は散歩、自転車、漫画、読書、映画、音楽、ゲーム。本が好きなので本とか出したいです。

  【お受けすることが多い相談】
  ○実存的な苦しさについての相談（どう生きていけばいいのか、自分とはなんなのか、正しい生き方とは、など）
  ○思春期・青年期の適応やコンプレックスやアイデンティティについての相談
  ○生きやすい環境の探しかた、作り方についての相談
  ○環境との不和に関する相談
  　・発達障害をはじめとした器質的要因による環境との不和
  　・セクシャリティやジェンダーロールに関する生きづらさ
  　・自分はHSPかもしれない、などの悩み

  サリィ さん、こんにちは。臨床心理士の浅井です。

  過去の辛い経験から二次元に現実逃避していたが、周囲のカップル成立や結婚ラッシュに押され一念発起、しかしうまくいかず敗北感や無力感に苛まれている。要点をまとめるとこんなところでしょうか。

  恋愛にまつわる惨めさや無力感は共感されにくく、当人の努力不足として軽視されがちです。そのため身近な人に相談しても理解してもらえず、なおさら孤独感が強まってしまうことがあります。今回は サリィ さんの苦しさが少しでも軽くなるよう、一緒に考えていければと思います。

  まず最初に、 サリィ さんの寄せてくださった本文をじーっと眺めてみたところ「すごすぎる……」と声が漏れてしまいました。私にもダイエットの経験はありますが、個人差があるにせよ10キロ落とすというのは並大抵のことではありません。それだけならまだしも服を全部買い替えたり、結婚相談所やマッチングアプリをはじめてみたり、 サリィ さんはすごい努力をされています。

  サリィ さんは「前に進めない自分が情けない」と言うものの、 サリィ さんが前に進んできたのは明らかです。【考えとは別の可能性】として「目標は達成できなかったがそれまで頑張ってきた事によって人間的に成長できたかもしれない」と書いていることからも、 サリィ さん自身「自分が頑張ってきたことは確かだけど、目標に届かなかったのだから無意味だ」と感じる部分があるのではないでしょうか。

  ですが少なくとも私は サリィ さんの努力について「とても真似できない、すごく頑張ってきた方だな」と感じました。この気持ちだけは先にお伝えさせてください。

  一方で サリィ さんのすごい努力は、尊敬と同時に「なぜそこまで頑張れてしまったのだろうか。そのためのエネルギーはどこから来たのか」という疑問を浮かび上がらせます。

  車が動くのにガソリンや軽油が必要なように、人間が活動するにも燃料が必要です。人間の場合、実際に身体を動かすためのカロリー以外にもモチベーションなど心的なエネルギーが必要になります。

  健全なモチベーションであれば、目標の未達を悔しがる気持ちは生じても「次につなげよう」と前向きになったり「十分やったから満足だ」と切り上げることができます。ですが サリィ さんの場合そう簡単にはいかないようで、目標を諦めた今も苦しまれている様子が文面からも伝わってきます。

  このことからも サリィ さんの苦しさを理解し和らげるためには、 サリィ さんをここまで突き動かし、今なお苛むエネルギーの正体を探る必要があると考えます。

  結論から言うと、 サリィ さんは「自分の痛みや苦しみを軽視しすぎている」ように思います。そう言われると「こんなに苦しんでいるのに軽視してるってなんだ」と思われるかもしれませんが、もうちょっとだけお付き合いください。

  サリィ さんの自分史や相談内容には、 サリィ さんが自分の痛みや苦しみに向き合うことができず、見ないフリをするしかなかった様子がはっきりと書き込まれています。例としていくつか抜き出してみます。

  ・両親の仕事上満足に構ってもらえない中「いい子にしないと」と自分の気持ちを抑え込む
  ・太っていることは悪いこと、太っている自分はダメ人間だと自分を責める
  ・初めてできた彼女に裏切られた際「自分が罰せられる存在だから」と考える
  ・パワハラで退職に追い込まれた際「自分に目標を達成する力はない」と感じる

  このようにエピソードを抜き出してみると、 サリィ さんは人生の所々で生じた苦難に対して「自分が悪いだけ」と閉じてきたのがわかります。

  ですが、外野から見てみてるとどのエピソードも「なんで サリィ さんが悪者にされてるんですか？」とつっこみたくなるものばかりです。

  子どもの体型は養育環境の影響が大きいため「太ってる自分はダメ人間なんだ」という6歳時の サリィ さんの罪悪感は的を射ていません。その後の彼女の裏切りやパワハラによる退職も同様に サリィ さんが自罰的になるのは完全に筋違いです。悪いのは サリィ さんを傷つけた人物であって、 サリィ さんではありません。

  にもかかわらず サリィ さんは、周囲の人に裏切られるたび「自分がダメだから」と全てを自分のせいにしてきました。より正確に言えば サリィ さんは「自分を悪者にする」という方法でしか自分を守りきれなかったのだと思います。
  「自分を悪者にする」ことが「自分を守る方法」と言われてもピンとこないかもしれませんので補足します。

  人がひどく心を傷つけられたときには、心を守るために防御機能が働きます。傷ついた出来事そのものを記憶の奥底に封じてしまったり「自分のことを思ってあんなことをしたんだ」と相手の真意を捏造したりと様々なパターンがあります。その中には「自分自身を悪者にして攻撃することで、事態の複雑さから目を背ける」なんてものも含まれます。

  サリィ さんの場合、傷つけられて消耗し、その出来事について直視したり考え抜くためのエネルギーさえ奪われた結果「自分が悪いだけ」と事態を単純化してやり過ごす、という方法を取ってきたのだと思います。

  これは サリィ さんが受けてきた仕打ちを見れば無理もありません。「相手はなぜこんなことをするんだろう」と苦しい出来事に向き合うのはとてもエネルギーを使うので、とりあえず「自分が悪いだけ」ということにしておけば、それ以上考えを巡らせずに済むからです。

  ですがこの対処法を取り続けていると、その場で保留した苦しさが澱（おり）のように溜まっていきます。 サリィ さんの心の奥底には解消しきれなかった苦しさがずっと沈んでいます。それはかつて受けた仕打ちと似た状況や、体力気力の低下に伴って吹き出してきます。 サリィ さんは女性と会う前の晩不安で眠れなかったり、会った後は起き上がれないほど疲れてしまったりすると教えてくれましたが、そうした不調とも関連しているはずです。

  サリィ さんは今、想像を絶する苦しみの中にいると思います。自分で自分を否定するしか対処のしようがない仕打ちを受けたにもかかわらず、その対処法によって生じた後遺症に苛まれているような状態です。そのうえ サリィ さんの苦しみは、自己責任や努力不足といったありきたりな言葉に回収されやすく、理解されにくいものです。理不尽にもほどがあります。

  サリィ さんは「自分が悪いだけ」という自己否定のストーリーを作ることで、なんとか心の平穏を守ってきました。 サリィ さんが周囲の結婚ラッシュを機に一念発起した際「服を全て買い換える」「二次元グッズを全て処分する」というやりすぎにも感じる自己改革も「長い間二次元に逃げていたダメな自分を否定する」自己否定のストーリーが背後にあるように思えます。

  そんな風に過去の自分を常に否定し続け、何年も頑張り続けたのなら限界を迎えてしまうのも当然です。 サリィ さんは身近な人に悩みを相談した際「考えすぎ」と言われたそうですが、実際のところ サリィ さんは、 サリィ さん自身について「考えてあげなさすぎ」に思えます。

  サリィ さんの苦しさを和らげるには、 サリィ さん自身がこれまで サリィ さんの受けてきた痛みや苦しさに改めて向き合って「あのときは辛かったな」「ひどい目にあったもんだよな」と声をかけてあげる必要があるはずです。

  とはいえ、いきなり「自分と向き合え」なんて言われても困りますよね。少年漫画の修行パートみたいに謎の空間で自己と対話、みたいなことが起きるなら簡単ですが、現実的にはある程度形式化された地味な方法に頼ったほうが効果的です。

  代表的なものとしては「朝起きたらノートに３ページ分思ったことを手書きする」という「モーニングページ」があります。モーニングページは、一日の始まりに悩みやモヤモヤを吐き出し外在化することで頭をスッキリさせてくれるほか、他人や社会の価値基準ではなく自分に必要な価値基準や目標を見つけ出す効果があるとされています。

  自分の頭の中で考えを終わらせず、手を動かして書き出してみることで一面的なストーリーを脱することができるというのは心理学的に共通する知見です。

  サリィ さんが既に書いてくださっている「自分史」にも似た機能があります。 サリィ さんの自分史は今の所「自分が悪い」系の記述が多いのですが、上でも触れたように サリィ さんのこれまでのエピソードは、はたから見ると「いや、これは サリィ さんが悪いんじゃないでしょ」と感じるものが多いです。

  サリィ さんは現在カウンセリングを受けているということですから、自分史にも書かれているような辛いエピソードについてカウンセリングの中で話題に出して振り返ってみるのも効果的だと思います。

  サリィ さんはこれまで、辛い経験から自分を守るために「自分が悪いだけ」という自己否定のストーリーを構築してきました。ですが、そのストーリーを維持するためには過去の自分を否定する必要があります。

  自己否定は強力なエネルギーでもあります。 サリィ さんは実際、10キロものダイエットに成功したり、変化した体型に合わせて服を全て買い替えたり髪型を変えたりと サリィ さん自身「変わっていくのが楽しい」と感じられるような変化を、すごい努力によって達成しています。

  ですが サリィ さんの外見が磨かれていく一方で取り残されたものがあります。それは「ダメな自分」と単純化・矮小化され切り離された サリィ さん自身の過去の苦しさ、傷つきの体験そのものです。

  単純化をはじめとした心を守るための防御機能は、 サリィ さんの傷つきに端を発するものです。その傷は手当てをしないまま放っておくと化膿し、広がっていきます。

  「女性が全てサイコパスに見えてしまう」
  「結局スペック至上主義の世界なんだ」
  「自分は相手にされる価値もない人間」
  「普通に恋人がいたり結婚したりしてる人たちは自分なんかよりはるかにすごい人達」

  サリィ さんが上のような気持ちを抱いてしまうのは、単純化の防御機能が暴走しているからだと推測されます。 サリィ さんは自分の苦しさや傷つきを「ダメな自分」として単純化するうちに「女性」や「世界」など、自分の外にあるものさえも単純化してしまっているようです。

  サリィ さん自身【考えとは別の可能性】の中で「独り身は悪いことではない」「恋愛経験の有無で人の価値は決まらない」と、上のような考えを否定する思考をお持ちです。にもかかわらずこうした気持ちを抱いてしまうのは、 サリィ さんがご自身の傷つきを軽視し、向き合うことを避けてきたからです。

  相談本文を見るだけでも、 サリィ さんがひどく理不尽な目にあってきたのがわかります。その傷つきに蓋をし、「ダメな自分」として捨て去ろうとするのは無理な話です。どれだけ サリィ さんが変わろうとも、それは過去の サリィ さんからの延長にあるからです。

  サリィ さんが不調を脱するためには、これまでに蓋をしてきた サリィ さん自身の傷つきや苦しみに向き合い、それを理解し労ってあげる必要があるように感じます。

  その意味で、 サリィ さんが脱オタしてしまったのももったいなく感じます。傷つきと苦しさにまみれた サリィ さんの人生の中で珍しく、 サリィ さんが傷ついた自分を癒やすために取り入れたものだからです。

  グッズは全部処分してしまったとのことですから難しいかもしれませんが、また サリィ さんが素敵な作品やキャラクターに出会えればいいなと思います。「この作品に触れているときは気分が良いな」と日々が豊かになりますし、傷ついたときに帰る場所として機能します。

  サリィ さんは30歳の誕生日を死刑執行日に例えていました。たしかに29歳の サリィ さんはその日に死にますが、残酷なもので サリィ さんの人生はこれからも続いていきます。

  安っぽい言葉ですが一度死んだ身です。せっかくですからこの機会にモーニングページや今受けているカウンセリングを通じ、これまで見捨ててきた自分の傷つきや苦しさに目を向けてみてほしいと思います。その過程でおのずと、今の不調や苦しみを和らげるきっかけが見つかるはずです。

  今回はご相談いただきありがとうございました。