強い劣等感、自信の無さのため、人と関わることが怖くなっています。どう対処したらよいでしょうか?

2022.10.06 Thu

「強い劣等感、自信の無さのため、人と関わることが怖くなっています。どう対処したらよいでしょうか?」の相談内容詳細

相談者
相談者 夏希
いまストレスを感じている「出来事」を事実ベースで抜き出してみてね。
「いつ・どこで・誰が・何を」を意識するのがコツだよ。
仕事場に仲の良い人がいない。
友達が遊びに誘ってくれない。
友達に相談に乗ってもらえない。
「1」についての「感情」を%で表現してみてね。合計で100%にならなくても大丈夫。直感で書いてみよう。
不安30% 自責40% 悲しみ30%
「1」について浮かんでいる「考え」を教えてね。
自分に自信が無く、自分の価値をマイナスである前提、嫌われているor将来嫌われる前提で考えてしまうので、ありのままの自分で人と関わることが怖い。
何かを相手に与えないと、何かいいことをしないと、自分とは仲良くなってもらえないと思っている。そのため、気軽に人と関われない。仕事場で仲の良い人ができず、寂しい。でも今更、仲良くできる自信も元気もない。
仲が良いはずの友達も、その友達にとって何かいいことをしていないといつか離れていく、いや既に何か悪いことをしていて見離されていると思い込んでしまう。
相手の機嫌を取らないといけないと思ってしまうので、会話でも相手にとって良いことを言おうとしてしまって疲れたり、自分なんて邪魔だからと自分の意見が言えない。
友達に相談したくても、迷惑をかけたら見離されると思っているのでできない。勇気を出して、メッセージを送ってみたりしたけど、しばらく返信してもらえなかった。私は大事にされてないと思ってしまった。
話すこともうまくなくて、友達より劣っていて、そんな私が友達なのだろうか、友達なんて思われてないかもしれない。一緒にいて楽しくないかもと、思う。だから、最近遊びにも誘ってもらえない。
私が関わることも、話すことも、何もかも人にとって迷惑だと思う。
いろんな視点から捉えるために、上記の回答の「別の可能性」を考えてみよう。
元々話すのは好きで、自分も話していいと思える安心できる場所では明るく話せる。不安感で緊張して話せなくなっているから、友達に気を遣わせてしまっているのかもしれない。
忙しくて返信できなかっただけかもしれない。
意外とありのままの自分を出しても、迷惑にならないのかもしれない。
遊びに誘う誘わないはタイミングだし、自分から声をかけたら意外と遊んでくれるかもしれない。
今からでも頑張ったら、仕事場の人とも仲良くなれるのかもしれない。
いま専門家に聞いてみたいことは?
どんどん人と関わることが怖くなっています。
このままだと孤独になってしまうと思います。
ありのままの自分は、いつか人を傷つけたり、迷惑をかけると思ってしまいます。
でも、上っ面の自分で人と関わるのは疲れました。
ありのままの自分で、頑張らなくても、優れていなくても、人と一緒にいていい、人に話しかけてもいいと、自分を許せるようになるにはどうしたらいいでしょうか。
年齢、性別、職業
24歳 女性 会社員
既往歴
--- 未回答 ---
悩みの内容の自由記述
人と関わると、その人と比べたりして、「自分はダメだ」「この人と仲良くなる資格は自分にはない」「この人にあげられるものは自分にはない」と、基本的に自分を下に見る傾向があります。
失敗したときや、失敗していなくてもうまくいかなかったとき、頻繁に自分を心の中で責め続けてしまいます。
人が、というよりは、自分が自分を大嫌いで、自分を人前に出していいものだと思っていないのかなと最近思いました。
相談者 夏希 さんの自分史
  • 30歳まで

    • 24

      高校時代から仲良くしていて、信用していた友人に「私(友人自身)を本当に救えるのは友達じゃなくて、恋人だから」と言われた。

      友人の恋人と、友達である私を比べられた気持ちになった。
      今までたくさん相談に乗ってあげたりしていたのも、意味がないように思えてしまった。
      この友人にいつか見離されるのかなと不安な気持ちが生まれた。
      「それを私に言わなくてもよくない?」と思った。

      「この子が友達だから大丈夫。この子なら私をずっと大切にしてくれる」と信じていて、悪く言うと依存していた友人だったので、支えがなくなったように感じ、人間関係全体に不安を覚えるようになっている。

    • 23

      同期の人たちと、仲良くなれなかった。
      「嫌われているかも」「挨拶をするのも迷惑かも」と思ってしまい、こちらから避けるような行動をとってしまった。

      仲良くなりたい気持ちはあったけど、「私には面白い話はできない」「もう既に悪い印象を抱かれてるかもしれない」と思うと、話すのも億劫になってしまった。

      今でも同期に仲良くなれそうと思える人がおらず、気軽に話せる人もいない状態。
      根本に「人間関係は面倒」という気持ちがあるため、仲良くなるために頑張るエネルギーが必要で、今もそれが枯渇している。

    • 23

      就職して、また新しい場所で一人暮らしを始めた。

      ずっと就きたかった職業、住みたかった場所だったので、無事就職できて安心した。

    • 22

      友人もそれなりにでき、大学生活を楽しく過ごして、無事卒業した。

      楽しかった半面、友人たちに行動や、感情を合わせなくてはいけないような気持ちになることがあり、疲れることがあった。そのため、一人の時間も必要だった。人間関係って面倒だなという気持ちが抜けなかった。

      人間関係のリセット癖なのかもしれない。
      大学生時代の友人とは連絡を取っておらず、縁が切れたように感じている。

  • 20歳まで

    • 20

      新しい趣味を始めて、ネット上の人と繋がり、絵を描いたり、通話をしたりするようになる。

      いろんな人と繋がれて楽しかった。

    • 19

      大学生になって、一人暮らしを始めた。
      父親から離れられて、気楽に過ごせるようになった。

      自由に過ごせる時間が幸せだった。

    • 18

      内容は覚えてないが、父親に理不尽なことで怒られ、不満が爆発し、泣きながら怒った。ほとんど初めて父親に対抗をしようとした。
      しかし、すぐに胸ぐらを掴まれ、「大学に行くお金を出さないぞ」と脅された。

      ああ、ここまで傷ついていて、必死に言葉を伝えようとしても、父親にとってはどうでもいいことで、私の言葉にも思いにも私自身にも価値なんてないんだなと思った。
      思いを伝えても意味なんてなんだなと、全てを諦めた。
      子供にはどうしようもできないお金で脅すのはずるいと思った。

      自分の意見を言うのが苦手で、意見を言っても価値があるとは思えない。
      たいてい他の人の意見や気持ちを優先してしまう。

    • 17

      父親に相談や質問をすると、必ず不機嫌になったり、怒鳴られたりして、まともに相談ができなかった。

      私は話し合いがしたいだけなのに、父親の意に添わないことを言うと怒られるから、父親に相談することが怖くなった。母親にしか相談しなくなった。
      それなのに、母親から「お父さんが『俺には何も相談してこない』って言ってるよ」と伝えられ、どうしたらいいのかわからなくなった。相談できなくなっているのは父親のせいだし、相談を受ける気もないじゃんと思っていた。

      「物事がわからないこと」が悪いことだという思い込みがある。
      質問・相談・報告などが大の苦手で、「相手の時間を取ってしまう」「怒られてしまうかも」と不安になる。

    • 16

      父親が弟には優しくしているのに、私には理不尽に怒ってきたり、扱いが酷かった。
      バレンタインにチョコをあげたりしていたけど、母親にはお返しをしていても、私には何も返ってこなかった。

      私よりも弟の方が大事で、私のことなんかどうでもいいんだろうな、愛されてないんだろうなと思っていた。私が頑張って、愛されようとして与えているものもどうでもいいんだろうなと思っていた。

      人に喜んでもらおう、人の利になるものを与えよう。そうしないと愛してもらえないと思っている反面、私が与えるものも、私自身も価値が低いと思っているところがある。
      「弟は男の子だから」と誰かに聞いた記憶があり、男尊女卑を感じ、少し男性に嫌悪感がある。

    • 15

      クラス替えで、別の子が私たちの仲に入ってくるようになった。私はその子と相性が良くなくて、離れることになった。

      やっとできた親友を取られた気分になった。

    • 14

      念願の友達ができた。親友だと思っていたし、ずっと一緒にいられて楽しかった。

      優しい子で、部活も一緒で、学校が楽しくなった。

    • 13

      大好きだった小説が、友人同士でギスギスする内容で、「友達を傷つけることになるなら、友達なんかいらない」と中学生になった瞬間、友達を作らず、本ばかり読むようになった。

      最初はそれでよかったけど、しばらくして友達がいないことに寂しくなった。気づいたときには周りにはグループができていて、友達を作るのが難しく感じた。

      「相手より自分の価値が低いと思うようにして行動したら、相手に迷惑をかけない、失礼のない行動ができるかもしれない」と思って行動し始めた記憶がある。自分と相手を比較して、自分を低く見る癖はここでついたと思う。

    • 12

      弟と喧嘩をして、私が悪くなくても、「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われたり、怒られたりするので、「私が我慢すればいいのか」と全て諦めたり許すようになった。

      私が悪くないのになぁ、とモヤモヤする気持ちはあったと思う。
      でも、結果的には喧嘩もなくなったし、弟とは中学生以降喧嘩をしたことはなく、仲良くできていて嬉しかった。

      「怒り」という感情を言葉や表情で伝えたりすること、相手と違う意見を持った時に伝えて話し合うことが苦手なのは、この時の影響があると思う。
      うまい伝え方がよくわからないし、伝えたところでうまくいくと思えない。

    • 12

      父親が気分屋で、不機嫌になると勝手に物を捨てたり、理不尽なことで怒ってきたりして、ずっと怯えていた。
      旅行に連れて行ってくれたりしたが、毎回不機嫌になり、運転していた車を途中で降りるなんてこともあった

      ただただ怖かった。何が父親の怒りに触れるかわからないから、慎重に行動するしかなかった。
      私が悪くないことでも怒られるから、「私が正しいはずなのに」「お父さんのせいなのに」と思っていた。私の気持ちが全てないがしろにされている気がした。ずっと私は愛されていないんだと思っていた。

      人に対して、「何か相手にとって利になるものを与えないと仲良くなってもらえない」「ありのままの自分じゃ愛してもらえない」と思う。
      相手が機嫌が悪そうだと感じると、機嫌を取ろうとしてしまう。
      これはこの時の経験かも。

    • 12

      小学生まではクラスの人たち含め、たくさん友達がいた。はじめましての人に話しかけるのが好きだった。
      失敗も「ま、いっか」で済ませられるほど前向きだった。

      友達を作ったり、一緒に遊んだりするのが、すごく楽しかった。「はじめての人と、たくさんの人と仲良くできる」と少し誇りにも思っていた。

      人への不安が無くなって前向きになれたら、この時みたいにたくさんの人と仲良くなれるかもと期待している部分があるかもしれない。

※ プライバシー保護のため、ご質問の一部を編集部で変更している場合がございます。

「強い劣等感、自信の無さのため、人と関わることが怖くなっています。どう対処したらよいでしょうか?」への回答

  • 回答したカウンセラー

    中浦ダニ

    精神保健福祉士 中浦ダニ

    夏希さん

    ご相談を寄せていただきありがとうございます。精神保健福祉士の中浦です。

    ご自分に自信が持てないとのこと、そして「頑張らなければいけない」と思いながら誰かと接するのは、とても苦しいことだと思います。

    また、本来であれば気持ちが弱くなっているときこそ、誰かに話せたり共感してもらえると、勇気づけられたり安心するものですが、自分の本音を話せない状況だと、さらに孤独感が強くなってしまいますよね。

    「誰かの役に立たなければいけない」「何かしないと嫌われる」という考え方は、条件付きの愛を受けて育ってきた場合に起こりやすいです。条件付きの愛とは、「◯◯ができたら△△を買ってあげる」とか、できたことを過剰に褒められることで、「何かしなくちゃ・できなくちゃいけない」という信念が無意識につくられる原因のひとつを指します。

    一方、無償の愛は存在自体を認めること・感謝することを指します。何かができなくても、そんな自分をそのまま受け入れてくれるような感じです。

    夏希さんの場合はいかがですか?ご両親や祖父母、幼稚園や学校の先生など、条件付きの愛の中でご自身がもがいていた記憶などはあるでしょうか?

    もし心当たりがあれば、まずは、今夏希さんを苦しませている「何かいいことをしないと嫌われる」という考えは事実ではなく、過去の経験から誰かに認めてもらい、自分を守るために必要な「手段だった」と、自分を認めてあげることから始めてみませんか?

    自分で自分を認めるというのは、「そうなんだね。私はこんなに苦しかったんだね。だからこんなことをしてたんだね」と自分に声をかけてあげるようなイメージです。自分を認めてあげられると、今の自分に対する否定的で厳しい自己評価にも、ちょっとだけ優しい気持ちが生まれてくると思います。

    条件付きの愛については私の推測ですが、大事なのは「誰かにとっていいことをしないとダメ」という信念が、夏希さんの中で固定してしまった理由に目を向けてあげることです。自分の傷を手当てしてあげるには、まずは傷の場所を見つける必要がありますよね。

    次に考えたいのは、相談内容にも書いていただいた「自分も話していいと思える安心できる場所」があることです。過去の経験から「〜しないといけない」と考えてしまう中でも、夏希さんが「安心して話せる」と感じられる場所は、他の場所と比べてどんなところが違うでしょうか?もちろん想像で全然大丈夫です。

    他者とのかかわりは、話す本人だけでなく、それを聞く人との関係性によって話す内容も変われば、話しているときの居心地も変わってきます。

    たとえば、眉間にしわを寄せている人に、昨日見たバラエティ番組の話はしにくいですし、ノリが軽い人に人生相談するのは躊躇しますよね。殺伐とした空気の中で、正直な自分でいることも簡単ではありません。つまり、自分がうまく話せないのは、決して自分だけのせいではないということです。

    夏希さんが安心して話しやすいと感じる場所には、どんなことがあって、逆にどんなことがないか。そんなことを考えていくと、夏希さん自身が本当に望んでいるもの、望んでいないものが見えてくると思います。

    自分の望みがわかってくると、たとえ周囲の空気や人に影響されたとしても、「それでも私は◯◯を望んでるんだ」と思え、自分のアイデンティティが大きく揺らぐことが減ってくると思います。

    また、本当の望みと関係あることとして、自分軸で生きることが挙げられます。他者から認められなければいけないと思ってしまう人は、物事を「正しい・正しくない」で考えてしまう場合があるんです。

    「こんな場面では何を言うのが正しいのか」と考えたり、ひとりでいるときでも「こんなことをするのは間違っているんじゃないか」と思ってしまう傾向のことです。

    正しい・正しくない、良い・悪いで考えるときは、物事の基準が他人軸になっていると言えます。他人軸とは、他人からの評価を気にして行動したり考えたりすることです。

    他人軸になると、間違いを避けるためにありのままの自分を出すのを控えたり、嫌われないように表面的な態度で接することにつながってしまいやすいです。結果として、夏希さんもおっしゃっていた「上っ面の自分で人と関わるのに疲れる」ことになってしまいます。

    そして、他人軸を自分軸にするのに役立つのが、判断基準を「正しい・正しくない」から「好き・嫌い」「快・不快」に変えてみることです。

    とはいえ、会議中にいきなり「私はこの会議が不快なので抜けます」とは言えないので、まずは、好き・嫌いで判断しても誰にも影響のない場面から始めるのが良いかもしれません。

    たとえば、SNSで話題のカフェに行ったときに、人気のメニューではなく自分が食べたいと思ったものを注文するなどで十分です。職場や友達とのランチで、あまり知らない話題だったり、共感できない会話の場合は、無理してうなづかず黙っているのも良いかもしれません。

    「正しい・正しくない」は社会的な評価を受けやすいですが、個人の「好き・嫌い」は本来評価されるものではありません。もし人の好みを評価する人がいるのであれば、それは人の権利や自由を侵害するものです。

    なので、夏希さんもまずは自分の好き・嫌いを再確認し、その思いに従った選択をすることで、少しずつ自分の判断や選択、そして自分自身に価値を感じられるようになるはずです。

    最後に、もしどんな自分でいればいいかわからなくなったときには、そのときの目的を再確認できると、少し気持ちが楽になると思います。

    わかりやすくお伝えするために、今の私を例にして説明しますね。

    今、私は夏希さんのお悩みに対するお返事を書いています。目的は、夏希さんの辛い気持ちを少しでもやわらげたり、これからの夏希さんがどうすれば楽になれるかのヒントを文章にすることです。

    ですが、みなさんへの回答は他の人にも見られます。同じ資格を持った専門家が見ることもあるでしょう。そして、公開された回答に対してフィードバックも受けますし、SNSでコメントや評価をいただくこともあります。

    そんなことを想像すると、「こんな文章でいいんだろうか」「間違ったことを言っていないか」「SNSでダメ出しの嵐を受けたらどうしよう」と不安が簡単に頭をよぎり、劣等感がふつふつと湧いてきます。

    でも、今の私の目的は、誰かの評価をもらうことでも、SNSで賞賛を受けることでもなく、夏希さんの助けになる文章を書けるかどうかだけなんです。多くの人に認められても、夏希さんの役に立たなければ意味がないですし、みんなにわかってもらえなくても、夏希さんが少しでも楽になるのであれば、私の目的は達成されるんです。

    そして、不思議なことですが、そうやって目的を再確認し、「この人のためだけに自分はいるんだ」と思うと、不安や他人からの評価を気にする気持ちがやわらぎ、落ち着きと集中力が増すのを感じます。

    もちろん、夏希さんと私の状況は違いますし、性格が異なるところもたくさんあると思います。でも、職場や友達と一緒にいる中で、自分に自信を持てずソワソワしてくる感じがあったときには、そのときの目的に意識を向けてみてほしいんです。

    たとえば、同僚と雑談しているときに「何か与えなければいけない。見離される」と感じたら、「今、同僚と雑談している目的はなんだろう?」と考えてみる感じです。同僚が仕事の悩みを話しているのであれば、その目的は悩んでいる同僚に共感してあげること、もしくは解決する方法を一緒に考えてあげる、などになると思います。

    目的を確認したからって、夏希さんの劣等感や自信のない感じが消え、生き生きと誰とでも話せるようになるわけではないですが、「こんな自分でいいんだろうか」という不安が少しだけ背景に追いやられ、その場の会話に集中できるようになるはずです。

    会話に集中できると、よりその場に所属している感覚が生まれるので、その感覚が疎外感をやわらげ、「私はこの場にいるんだ」という実感が、「私は私でいいんだ」という自信につながってくると思います。

    長くなったのでまとめますね。

    ①自分の傷を手当てしてあげる
    「何かしないと嫌われる」という思いは、過去の経験から自分を守るための手段であった可能性がある。その傷の場所を探り、認めてあげる。

    ②うまく話せるかどうかは自分だけの責任ではない。
    安心して話ができる場所とそうでない場所では、何が違うのかを振り返ることで、自分にとって何が心地よく、何が望みなのか知ることができる。

    ③「好き・嫌い」を軸にする
    「正しい・正しくない」で判断するのは他人軸で、評価が生まれやすい。少しずつ自分の好き・嫌いを判断基準にすることで、自分の価値を実感できるようになる。

    ④その場の目的を再確認する
    自分が「嫌われているかもしれない」という予感が湧いてきたときは、その場の目的を思い出すことで、自分に対する評価や不安が薄らいで、その場に集中できている感覚が疎外感をやわらげてくれる。

    まとめるとこのようになりますが、どれも簡単なことではないですし、もちろん全部を完璧にできる必要もありません。

    そもそも、他人が気になって本来の自分自身でいられない状態でありながら、それでもこうしてご自身の辛い気持ちを言葉にできるのは、夏希さんの真面目でひたむきで誠実な人柄を表していると思います。そんな人柄は、誰かの心を安心させたり穏やかな気持ちにさせているかもしれません。

    「誰かといて苦しい自分」だけでなく、「私といて他人が何かを得ている可能性」という視点も持ってもらいたいなと思います。

    夏希さんが、少しずつでも自分の存在と価値を認められるようになって、夏希さんが大切と思う人たちと、たくさんの喜びだけでなく悲しみなども共有し、「あ、私はこれでよかったんだ」と思える日がくることを願っています。

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