「未来に向けて頑張ろうとすることに恐怖を感じる」の相談内容詳細
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いまストレスを感じている「出来事」を事実ベースで抜き出してみてね。
「いつ・どこで・誰が・何を」を意識するのがコツだよ。
- 将来のために専門医の資格試験を受ける準備やそのためのセミナーなどの申し込みをしようとすると、手が震えてしまう。そのことそのものを回避しようと思ってしまう。
私は一年浪人して大学の医学部に受かりましたが、その後うつ病に罹患し、一年留年しました。留年した先の学年に馴染めず、大学での友人もできませんでした。国試の際は一人で勉強した人は落ちるとさんざん言われるのですが、周りが友達同士で頑張っている中、一人で勉強してぎりぎりの成績でなんとか国試に合格しました。
前段階の資格を取るときに、ちょうど職場でパワハラ被害を受けて休職していました。死ぬほど頑張ってなんとか、数年前にその資格をとりました。
さらに将来に向けて頑張らないといけないのに、また死ぬほど努力しないといけないと思うと恐怖を感じます。パワハラされた時の上司の怒鳴り声がフラッシュバックしてしまいます。 - 「1」についての「感情」を%で表現してみてね。合計で100%にならなくても大丈夫。直感で書いてみよう。
- 恐れ70% 自分への失望30%
- 「1」について浮かんでいる「考え」を教えてね。
- 本当はちゃんと将来の事を考えないといけないのに、仕事をこなすことで精一杯です。
snsで見るとみんな大学からの横のつながりとか、前向きに努力して一流の成果を上げている医師ばかりで、ますます自分ができない人間だと思い知らされます。
最近、仕事ではなんとか、最新の情報に触れたりする機会を積極的に保とうとしています。さらに将来に向けて頑張らないといけないのに、前みたいにまた死ぬほど努力しないといけないと思うと恐怖を感じます。 - いろんな視点から捉えるために、上記の回答の「別の可能性」を考えてみよう。
- 不甲斐ないです。自分みたいなダメな人間より、もっとふさわしい人が資格を持つべきだったんじゃないかと思います。
- いま専門家に聞いてみたいことは?
- どうしたらトラウマが克服出来るかを知りたいです。将来の為にきちんと向き合って努力できるようになるにはどうしたらいいでしょうか。
- 年齢、性別、職業
- 30代 女性 医師
- 既往歴
- うつ病
- 悩みの内容の自由記述
- 上に書いた内容が全てです。拝読ありがとうございます。
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23
外科の縫合が1番早くて、才能があると言われた
持病があり外科で働く事は難しく、残念だった
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19
大学合格
やっと終わった
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「未来に向けて頑張ろうとすることに恐怖を感じる」への回答
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すみのえ さん、ご相談をよせてくださりありがとうございます。臨床心理士・公認心理師の小野寺です。
将来のために専門医の資格を取ることを考えていてそのための勉強を頑張りたいものの、過去に頑張っていたときに受けたトラウマが影響して「もう頑張れない」とお悩みなのですね。
そんな状況にいらっしゃるのであれば「どうしたらトラウマが克服出来るかを知りたいです」とのお気持ちを抱くのは当然のことと思います。
しかし すみのえ さんは医師をなさっておられるということですから、当然トラウマの治療法はご存じのことと思います。だから、 すみのえ さんがココロジーに求める本当にニーズは「トラウマの克服法を知る」ではないような気がします。
少し話は飛びますが、次の状況をイメージしていただけますでしょうか。
『もし「フラッシュバック」「恐怖を感じる」「手が震えてしまう」「回避」という主訴で来られた患者がいたら、どのような診断をつけるだろうか』
これだけの情報では確定の診断をつけることは難しいかもしれません。しかし、おそらく頭の中によぎった診断名があるのではないでしょうか。
お気づきかと思いますが、上述の症状は全て すみのえ さんのご相談文からの引用です。
きっと本当の意味で すみのえ さんが求めておられるのは、「トラウマの克服法を知る」ではない。今ココロジーに求められていることは、医師であることでかえって見えなくなっている点に光をあてることではないでしょうか。それは「自分が患者になる」という側面であるように感じます。
つまり、「トラウマの克服法を『知る』」のではなく、「トラウマの克服法を『実践する』」のが今求められていると思うのです。
さらに言えば「トラウマの克服法を『自分』で実践する」のではなく、「トラウマの克服法を『専門家の力を借りて』実践する」ことが求められていると思います。
「病気である」は「治せる」を意味する
医師免許をお持ちの すみのえ さんにこのようなことを言うのは釈迦に説法ですが、あえてお伝えします。
先ほど すみのえ さんにはフラッシュバックなどの主訴で来られた患者をイメージしていただきました。そしてそれは すみのえ さんご自身が抱えている症状であることもお伝えしました。
当然これだけの情報では、実際に すみのえ さんに何かしらの診断がつくとは断言できません。しかし、仮に診断が付くレベルのトラウマ症状であったとして、それは何も恥ずかしいことでもなければ、不甲斐なさの証明書にもならないことは断言できます。ましてや「ダメな人間」の証拠にもなりません。
すみのえ さんはどういうわけかご自身を「不甲斐ない」「ダメな人間」と思っておられます。独学で国試に合格し、パワハラ被害を受けてもなお資格を取ることができた実績があるのに、どうしてそう感じてしまうのでしょうか。
すみのえ さんの大切な方が同じ立場にいるのを想像してみて欲しいのです。 すみのえ さんはそんな頑張り屋さんに「ダメな人」とレッテルを貼るでしょうか。
もし他人にはレッテル貼りをしないというのなら、ご自身に貼っているレッテルは不当なものだと言えるのではないでしょうか。診断が付く・付かないは脇に置いたとしても、その不当なレッテル貼りは、トラウマによる症状であると思われます。
「診断が付く」はあまりいい印象はないかもしれません。しかし、診断が付くということは=治せるということを意味します。もちろん、現在の医学ではまだ治せない病気もあるでしょうが、将来的に原因が究明されれば治療の文脈に乗せることは可能です。
少なくともトラウマ症状に関していえば、治療法が確立されつつあります。本当に すみのえ さんが「不甲斐ないダメな人間」であれば大変ですが、症状によってそう思わされているのであれば、治療を行うことで「不甲斐ないダメな人間」との感覚も次第になくなっていくことが期待できるのです。