「ぜんぶ自分が悪いんだ」
「今の苦しみはぜんぶ〇〇のせいだ」
苦しいときは、辛さの原因にすぐ答えを出してしまいたくなるよね。だけど「答えを出さない」でいることも、大切な力の一つだと言われているんだ。今回はこの大切な力である「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を例を交えて紹介するよ。簡単に言えば「答えのない困難な状況に立ち止まる能力」のことなんだ。
この言葉を知って頭の中に置くだけで「答えが出せない自分」を認めてあげられるようになるはずだよ。
目次
ネガティブ・ケイパビリティとは?
まずはネガティブ・ケイパビリティの意味を3つの観点から説明していくね。
答えのなさに耐える能力
ネガティブ・ケイパビリティは、イギリスの詩人ジョン・キーツが使用した言葉だよ。
心理学の領域では精神分析家のBion, Wが取り上げ、最近では精神科医の帚木氏が「どうにも答えのない、どうにも対処しようもない事態に耐える能力」と定義したんだ。
ネガティブ・ケイパビリティを持っていると、安易な答えに飛びつかないで、他人や問題に振り回されない自分になれると言われているよ。
様々な分野で注目されている
ネガティブ・ケイパビリティは心理学の分野だけでなく、芸術や教育などの分野でも注目されていて、海外ではビジネスにも応用されているんだ。
技術の発展や、今までの価値観の見直しによって社会が複雑化していることが関係するとも言われているよ。
簡単に答えが見つからない社会の中では「答えのない事態に居続ける」能力が大切になるんだね。
耐えることを肯定的に捉えた
最近はSNSやメディアを通じた、病いへのポジティブな語りが注目されているんだ。
「発達障害にはこんな長所がある!」のような表現を目にすることは多いよね。一見聞こえはいんだけど、ポジティブな病いの語りは、病いと共に生きる当事者や関係者に生きづらさを与えてしまうことがあるよ。たとえば自分が精神を病んでいるときに「私も辛くても精神科に頼らず頑張った」なんて言われてしまったら、助けになるどころか「自分は駄目」という思い込みが強まってしまいそうだよね。
こういうコミュニケーションの噛み合わなさには「ポジティブな語りだけが良いものとされる」ことが影響しているのかもしれないね。
一方でネガティブ・ケイパビリティは、悩みや困難の中に居続ける一見ネガティブな状態を肯定的に捉え直した点でも意味があるんだ。
ネガティブ・ケイパビリティの効果
次にネガティブ・ケイパビリティの効果について紹介していくよ。
危機へ対応する力になる
ネガティブ・ケイパビリティは危機に対応するときに大切な能力なんだ。
ここで言う危機とは「先の見通しが得づらく、どう対応すべきか十分にわからない」状態のことを指すよ。危機に対処するためには「最悪の事態を想定しよう」と言われているけれど、そう言われても難しそうだよね。
リスク分析の難しさには認知機能の働きが影響しているよ。人には、大きな被害が生じる可能性があっても「大事にはならないだろう」「自分だけは大丈夫だろう」と考える傾向があるんだ。普段の正常な状態に引っ張られてしまう傾向を「正常性バイアス」と呼ぶよ。
また、ネガティブ・ケイパビリティが十分でないことも危機に対応できない理由として挙げられているんだ。ネガティブ・ケイパビリティが十分でないと、仮に最悪の事態が想定できたとしても、それに対処する方法が見つからない不安定な状況に耐えきれないんだ。すると最悪の事態について最初から考えないようにしてしまうというメカニズムが働くんだ。この認知の働きは「意図的無知」とも呼ばれているよ。
「意図的無知」のような人の認知の働きに逆らい、しっかりと問題と向き合うためにもネガティブ・ケイパビリティは役立つんだね。
複雑化する社会へ対応する力になる
上でもすこし触れたように、ネガティブ・ケイパビリティは複雑化する社会へ対応する大切な力の一つだよ。
これまでの社会は、利益や効率を重視して、ポジティブ・ケイパビリティ(問題を解決する能力)を過度に優先してきたんだ。たとえば閲覧数のために誤った医療情報が書かれたりするのは、利益優先の考え方が先行しすぎた結果かもしれないね。
一方でこれからの社会は技術の急激な発展や、多様性を尊重するために、不安定で複雑で、曖昧なものになっていくと言われているんだ。どんどん複雑になる社会の変化は「VUCA(ブーカ)」とも呼ばれているよ。Volatile(不安定)、Uncertain(不確実)、Complex(複雑)、Ambiguous(曖昧)の頭文字をとったもの。
VUCA化する社会の中では、答えのない問いを立てながら、常に自分を内省し続ける能力が重要なんだ。
まさにネガティブ・ケイパビリティを発揮することが大切なんだね。
いま苦しんでいる自分を肯定できる
今まさに悩みを抱えている、苦しんでいる人にとってもネガティブ・ケイパビリティは効果があるんだ。
文化庁の長官も務めた心理学者の河合隼雄も、著書の中でこんな風に語っているよ。
“だから悩みや迷いがあるのは問題なのではなくて、問題があるのにちゃんと悩んだり迷ったりしないことが問題なんです。迷いを持ちこたえる力は大事です。ぼくはそれを「葛藤保持力」と言ってるんです。みんなそれが苦しくて嫌だから、 葛藤することをせずに、すぐどちらかにしてしまうんです(中略)いろいろな葛藤を持ちながら、 ぐっと耐えてそれを持ち続ける。それが「おとな」なのだ、 というのがぼくの定義なんですよ。”
【河合隼雄(1999)『Q&A こころの子育てー誕生から思春期までの48章』朝日新聞社】
抱える問題が今は解決できないほど複雑でどうしようもないときには、「早く楽になりたい」と逃げ出したり、極端な解決法に走ってしまいがちだよね。
一方で河合氏のいう葛藤保持力やネガティブ・ケイパビリティは、「よいタイミングが来るまで、安易な決断をせず耐えること」も大切な力だと捉える考え方なんだ。不確かな状況の中にいる自分は「行動できない駄目な人」ではなく、ある意味積極的に「待ち」の姿勢を取っているんだと思うことで、少し気持ちが楽になるんじゃないかな。
もしも望むような結果が得られなかったとしても、葛藤の中で蓄えた悩み方や迷い方、自分自身に寄り添って曖昧で不安定な状況を過ごすという経験は、きっと財産になるはずだよ。
今抱えている「答えのない問い」は?
「答えのない問い」にどんなふうに耐えてる?
ネガティブ・ケイパビリティの身につけ方
最後に、ネガティブ・ケイパビリティの身につけ方について解説するね。ネガティブ・ケイパビリティはその概念を知って頭の中に置いておくだけでも効果的だと言われているんだ。だけど、それだけでは不安だよ〜という人は、ぜひ参考にしてみてね。
すぐに答えを求めようとしない
人間の脳は、すぐに「答え」を発見するように偏っているんだ。こうした認知の偏りを「認知バイアス」と呼んだりするよ。
たとえば「利用可能性バイアス」は脳が思い出しやすい(利用しやすい)情報だけを使って答えを出してしまうバイアスなんだ。例として、飛行機事故のニュースを目にしたとき、実際に事故に遭う確率は低いことを考えずに「飛行機は危険だ」と思ってしまう、といったことが挙げられるよ。
他にも岩や壁の模様が顔に見えたり、音楽を逆再生したときに言葉が聞こえたりするように感じる「パレイドリア現象」なども、ものごとに「答え」を見出そうとする脳の働きだと言われているんだ。
悩みごとがあると「〇〇 解決法」のように調べたりするように、解決できない問題というのは脳が抱え続けるにはコストがかかるから、てっとり早く「答え」が欲しくなるんだ。だけど、検索してみてすぐに問題が解決したことってどれくらいあるかな。もしかしたら、そんなにないかもしれないね。だとしたらその悩みは、そんなに簡単に解決するものじゃなくて、しばらく抱えておくべき大切な悩みなのかも。
「答えを探してしまう」自分の気持ちを尊重しながらも、「自分は答えが見つからない問いの中に積極的に立っているんだ」と考えてあげてね。「すぐに答えを求めようとしない」ことを肯定的に捉えられるとネガティブ・ケイパビリティが身に付いてきて、焦りや緊張が軽くなるかもしれないよ。
「答えのない」ものに触れる
ネガティブ・ケイパビリティを身につけるには、アート鑑賞や音楽鑑賞など「答えがない」ものに触れるのも効果的だよ。
通販や映画、グルメなど、少し調べるだけで点数が出てくることって増えたよね。そうした点数を見続けていると少しずつ「点数の高いものが正しい」のような考えが刷り込まれてしまうことがあるんだ。
一方でアートや音楽はまだ点数での評価が浸透していないから「正しい答え」のようなものが入り込みにくいよ。「なんかわからないけど惹かれる」気持ちを自分の中に抱えておくことで「答えのなさ」に慣れて、ネガティブ・ケイパビリティが身に付いていくんだ。「答えがない」ことを前提に味わうことができるものなら、詩を読んだり景色を眺めたりするのも素敵だね。
「答えのない問いの中にいる自分」を見つめる
ネガティブ・ケイパビリティを身につけるには、ジャーナリングやメンタライゼーションのテクニックを使って「答えのない問いの中にいる自分」を見つめてあげるのもおすすめだよ。
ネガティブ・ケイパビリティの「答えを出さずに居続ける」ことは「自分の考えは正しいのだろうか?」と謙虚に考える姿勢とも強くつながっているんだ。
ジャーナリングなどを通じて自分の気持ちや考え方を俯瞰して見つめること自体が、ネガティブ・ケイパビリティにつながっていくはずだよ。
ネガティブ・ケイパビリティまとめ
ネガティブ・ケイパビリティを身につけることは、複雑化する社会の中で生きていく上で大切なんだ。
だけどネガティブ・ケイパビリティは「苦しみは耐えるべき」のような考え方ではないよ。「答えのない問いを抱え続ける」ためには、答えのある具体的な問題を解決することも大切なんだ。
今まさに苦しくて仕方がないのなら、心療内科やカウンセラーを使うことを考えてみて。使える資源はどんどん使って、対処すべき問題と抱えておくべき問題を分けていこう。問題を分けた先に残った「答えのない問い」自体が、自分自身のより良い生き方につながる大切な、一緒に歩いていくのにふさわしい問いのはずだよ。