アドラー心理学の基本「5つの理論」と人間関係への活かし方4つ

2022.04.15 Fri
シンくん

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アドラー心理学
アドラー心理学の基本「5つの理論」と人間関係への活かし方4つ

アドラー心理学って聞いたことある? 「あるよ」って人も、ほとんどは『嫌われる勇気』(岸見一郎 著)がきっかけなんじゃないかな。

『嫌われる勇気』の発売以降、それなりに有名になったアドラーだけど、精神分析のフロイトと比べるとまだまだ知らない人も多いかも。

そこで今回はアドラーや彼の作った心理学についてわかりやすく解説していくね。アドラー心理学には誤解されている概念も多いみたいだから、その誤解が解けたら嬉しいな。

『嫌われる勇気』に書いてないアドラー心理学だよ

アドラー心理学とは

アドラー心理学は、オーストリアの精神科医であるアルフレッド・アドラーが提唱した心理学だよ。

正しくは「個人心理学」というんだ。けど、日本語で「個人心理学」というと、アドラーが本当に意図してたニュアンスが伝わらないから、日本ではアドラー心理学と呼ばれることが圧倒的に多いね。
アドラー心理学を知るために、アドラーがどんなことを意図してオリジナルの心理学を作ったのかをまず解説していくね。

アドラー心理学の特徴

アドラー心理学の特徴は、「人は一人では生きていけない存在である」として、人とその人を取り巻く人たちとの関係まで視野に入れている点だよ。

最近、心理学の世界では、人と環境との関係性を視野に入れたコミュニティ心理学が注目を集め始めているんだけど、アドラー心理学はコミュニティ心理学の走りでもあるんだ。例えば、立教大学の箕口氏は、はやくからアドラー心理学とコミュニティ心理学の共通点に注目して研究をしているよ。

ところで、アドラー心理学は「人は一人では生きていけない存在である」ことを前提としているのに、どうして「個人心理学」だなんて名前をつけたんだろう?

「個人心理学」は英語でIndividual psychologyというんだ。このIndividualは、in(not)+devisible(分けられる)からなっている言葉で、つまり、「何からも分けることができない存在」としての人間を捉えようとして、アドラーは自身の心理学をIndividual psychologyと名付けたんだ。

でもIndividual psychologyを直訳してしまうと「個人心理学」となり、「何からも分けることができない存在」とのニュアンスが今一つ伝わらないよね? だから日本では「アドラー心理学」と呼ばれることが多いんだよ。この記事でもアドラー心理学と表記することにするね。

俺たち私たちは二人で一つ

「アドラー心理学」のはじまり

実は、アドラーは初めから精神科医だったわけじゃないんだ。彼はもともと眼科医として医師としてのキャリアをスタートさせたんだよ。そのあとは内科医になったんだ。

彼が主に患者としていた人たちは、決して裕福とは言えず身体的にもハンディを負った人が多かったそうだよ。けれど、その体験がアドラーを後に精神科医へと転身させるきっかけの一つになったんだ。

というのも、身体のハンディを負っている人たちが、みんなそれぞれのやり方でハンディを克服して生活している姿を見ることで「人は劣っている部分を補おうとする力があるのだ」ということに気づいたからなんだって。アドラー自身も小さいときに病気で苦しんだことも関係して、この気づきからアドラーは「劣等感」を重視するようになったんだ。劣等感についてはまた後ほど解説するね!

え? 劣等感があっても入れる保険があるんですか?

フロイトとアドラーの違い

アドラー心理学を知るために、フロイトとの比較もしておこう。

フロイトは倫理の教科書に載ることもあるから知っている人も多いかもしれないね。フロイトは、精神分析と呼ばれる独自の理論・治療法を創始した人物だよ。

フロイトのもっとも偉大な功績は「無意識」の存在を明らかにし、無意識を治療に用いた点かもしれないね。フロイトは、心が病気になるのは「性的なエネルギーを無意識に押し込めることで無理が生じ、それが様々な反応を引き起こすからである」と考えたんだ。

フロイトが主な患者としていたのが今でいうセレブの人たちなんだ。セレブの性的な言動は今以上に「下品」なものとしてタブー視されていたらしいよ。でも「三大欲求」と呼ばれるくらい性的な気持ちは人間の本能に根ざしたものだよね。それなのに、この本能を強引に無視しようとするから、心が疲れてしまうと考えたのがフロイトなんだ。

こんな風に、「性的な気持ちを露わにしたい無意識と、それを抑え込もうとする意識との葛藤」を前提にしたのがフロイトの考えなんだね。

それに対してアドラーはどうだろう。アドラーもフロイトと同じく「無意識」を想定しているんだ。ところが、アドラーは「性的エネルギー」は特に想定していないし、無意識と意識は葛藤し合うものだとも考えていないよ。

アドラーが想定したのは「劣等感を克服しよう」とする「意思」で、無意識と意識は協力し合って「目的」を達成する関係であると考えたんだ。ここでいう「目的」については、後ほど解説する「共同体感覚」のところで説明する予定だよ。

アドラーとフロイトって、実は全く違う考え方をするんだね。ちなみに、アドラーはフロイトの弟子だったと誤解されることがあるけど、共同で研究していたにすぎないよ。

君の無意識は僕を愛しているはずだよ!?

ユングとアドラーの違い

ユングとアドラーが比較されることもあるから、そちらもみておこう。

ユングはフロイトの弟子だったのだけど、後に決別し、分析心理学と呼ばれる独自の理論を創始していくことになった人物だよ。分析心理学はユング心理学としても知られているね。

ユングのもっとも大きな特徴は、無意識を「個人的無意識」と「集合性無意識」とに分けて考えるところだよ。

個人的無意識は、フロイトの想定した無意識と同じものと考えてもらっていいかもしれないね。けど、集合的無意識はユングオリジナルの考えで、「人類に共通する無意識」のことだよ。ユングは世界中の神話に共通するテーマを見つけ、この集合的無意識の存在に気づいたんだ。

例えば、多くの伝承には「温かくもあり、脅威でもある大いなる女性的存在」が共通して登場するよ。キリスト教の聖母・マリアや、日本神話では女神イザナミなどがそうだね。洋の東西を問わず、同じようなモチーフが語られる理由にこそ「人類に共通した無意識」があることの証左だとユングは考えたわけなんだ。

アドラーはというと、特に集合的無意識を想定していないよ。

ちなみに、ユングのもう一つ大きな功績が、人の心は大きく「外向」と「内向」があると考えたことかもしれないね。よく「僕は内向的な性格だからそんな大胆なことできないよ」とかいうことあるけど、それだよ。
実はこの「外向」「内向」、フロイトとアドラーの性格から着想を得たんだ。ユングから見るとフロイトは「外向的」、アドラーは「内向的」に見えていたんだね。

一説によればサンタとなまはげのルーツは同じらしいぞい。集合的無意識って不思議じゃ

ここだけは抑えたい!アドラー心理学で重要な5つの理論

アドラー心理学の重要な概念をピックアップして詳しく解説していくね。

カナダの精神科医であり医学史家でもあるエレンベルガーによれば「アドラー心理学は共同採石場みたいなもので、だれもがみな平気でそこから何かを掘り出していくことができる」とのことで、それくらいアドラーは非常に多くの重要な概念を形成したんだ。

ここではその中でも特に重要な「5つの基本前提」「劣等感」「勇気づけ」「早期回想」「共同体感覚」について、それぞれの関連性を示しながら解説していくよ。

アドラー心理学「5つの基本前提」

アドラー心理学は膨大な理論の集合体なんだけど、大きくは5つのカテゴリーに分けることができるんだ。下記5つが「基本前提」と呼ばれる理論だよ。

一つ目が対人関係論。アドラーは「人は絶えず社会とのつながりの中で生きている」と考えたんだね。アドラーによれば、「人間の悩みはすべて対人関係の悩み」とのことだよ。

二つ目が全体論。「何からも分けることができない存在」としての人間を捉えようとして、「Individual psychology」を提唱したことはもう先述した通りだね。

三つ目が主体論。フロイトが考えたように、「人間は無意識に突き動かされる存在」ではなく、「全て自分で決めることができる」と考えるのがアドラー心理学の特徴の一つなんだ。

四つ目が認知論。人は物事を客観的にとらえることはできなくて、必ず主観的な意味づけを通じて世界を見ると考えるんだ。同じ映画を観ても異なる感想になるのは、みんなそれぞれに主観的な意味づけをしているからなんだね。

そして最後5つ目が目的論。人は自分が「こうなりたい」とする目的や目標に向かって進んでいく力があると考えるんだ。

劣等感

続いて、アドラー心理学を語る上で欠かせない概念、「劣等感」についてみていこう。

アドラーは、①自分が病弱だったこと、②自分の担当患者がハンディがありつつもなんとか生計を立てていたことなどから、「人には劣った点を補おうとする力が備わっている」と考えるようになったんだ。この劣った点を「劣等性」と呼び、劣等性に対して持つ感情を「劣等感」と呼んだよ。

「人には劣った点を補おうとする力が備わっている」と考えるアドラー心理学から言わせれば、「劣等感」それ自体は何の問題もない感情なんだ。むしろ、劣等感があるからこそ、人は劣等性克服のために頑張れるとすら言えるよ。

けれど、克服するために頑張るって結構大変だよね。だからつい人は「どうせ無理」「自分なんか…」と諦めてしまいそうになるんだ。その点もアドラー心理学では「そういうものだよね」と認めていて、そこから立ち上がる方法も用意しているんだ。それが次に解説する「勇気づけ」だよ。

勇気を! 勇気をください!

勇気づけ

勇気づけとは、アドラー心理学を実践するときの核となる概念で、劣等感克服を諦めた人を力づける方法だよ。

アドラー心理学いわく、人が劣等感に圧倒されて諦めてしまいそうになるのは、劣等感を補償していくことに対する「勇気」が失われてしまっているからなんだ。

ここでいう「勇気」とは、自分は人の役に立てること、他者は仲間であること、自他を信じることを指すよ。

人は自分を取るに足らないちっぽけな存在と考え、孤独を感じ、何も信じられなくなるときに勇気を失うんだ。この状態を「勇気くじき」というよ。

だからアドラー心理学では、勇気がくじかれた人たちに、「劣等感を感じたということは、今とは異なる自分になりたい証拠であること」「過去乗り越えたこと」「どれほど自分は大切な存在なのか、ということ」などを思い出してもらうことで、「挑戦したい」と思ってもらうように勇気づけをしていくんだ。

勇気づけは、よく「褒めること」と同一視されるけど、そうとは限らないから注意してね。褒めることが勇気づけにつながることもあるかもしれないけど、アドラー心理学では、積極的には褒めることを推奨していないんだ。

というのも、「褒める」は「できる人」から「できない人」に対して投げかけられやすい言葉で、人間関係に上下関係、いわゆる「縦の関係」を作るリスクのあるものだからだよ。縦の関係の「下」になった人は、「上」の人がいないと何もできない存在になってしまう可能性が出てくるんだ。

でもアドラー心理学は「全体論」や「主体論」を取るから、縦の関係で隔たりを作ることを避けたいんだね。その点、勇気づけはみんな平等な関係である「横の関係」から投げかけられるよ。

例えば、職場の部下が上司に「やればできるじゃないですか」と褒めるのは、上下の関係が逆さになるので違和感があるよね。上司はかえって「カチン」と来たりして。これは「褒める」が上下関係に基づく声掛けであることの証拠だよ。

けど、「ありがとうございました。助かりました」と上司の存在そのものが大切なことを伝える「勇気づけ」は違和感はないよね。

こんな感じで、横の関係からなされる言葉であれば、それは相手への勇気づけになり得るんだ。誰から誰に行ってもいいものなんだよ。

そもそも褒められるのが苦手って人もいるから、この記事を機にぜひ褒められるのが苦手な人には「勇気づけ」をしてあげてね。

いつもありがと!

早期回想

早期回想とは、10歳以前の記憶をいくつか語ってもらい、その人が「自分や世界のことをどう見ているか」を推察する技法だよ。

どうして勇気がくじかれてしまうのか、それは「どうせ自分は○○な存在だから」「世界は○○なところだから」と、自分や世界のことを否定的に認知しているからと考えられるよ。

人が自分や世界をどう認知するかは、幼少期の体験がとても大きな影響を及ぼすんだ。だから、アドラー心理学では、早期回想によって10歳以前の記憶を思い出してもらうことで、どのような体験をどのように認知する傾向があるのかを調べるんだね。

ちなみに、思い出す記憶は必ずしも正確でなくてもいいよ。なぜなら、思い出された記憶が本物だろうが事実と違うものだろうが、語られる思い出には、その思い出を語っている人の「今」の心理状態が反映されるので、今のその人の認知傾向を知るにはそれで十分だからだよ。

思い出すときのコツは、VFCを意識することだよ。VFCとはヴィジュアル・フィーリング・チェンジのことで、「どんな状況だったか」「そのとき何を感じたか」を明確に思い出し、「その状況をどう変えたいか」を想像することだよ。

自分史を振り返るツールを用意しているから、これを使って自分で早期回想してみると面白い発見があるかもしれないね!

10歳のころ、おじいちゃんの畑でカブトムシ取ったの覚えてるよ

共同体感覚

共同体感覚とは、言葉で説明するのがとても難しい概念なんだけど、もし簡単に述べるとすると「人類の幸せの最終地点」となるかもしれないね。アドラー心理学では人が生きる最大の「目的」はこの共同体感覚の獲得にあると考えるよ。

共同体感覚はなかなか理解しづらいんだ。アドラーが共同体感覚を提唱したことがきっかけで、何人かの弟子がアドラーの元から去ってしまったほどだよ。でもアドラー心理学を語るうえでは欠かせない概念なので、できるだけわかりやすく解説するね。

アドラーによれば、共同体感覚は、人に生まれつき備わった潜在的な可能性とのことだよ。「基本前提」に「対人関係論」を挙げたように、人はもともと誰かとつながりたいと切望する存在なんだとアドラーは考えているんだ。

けれど、同時にアドラーは共同体感覚を「意識して育成されなければならない」ものとも言っていて、共同体感覚を得る、つまり幸福になるには主体的な動きも必要なようなんだ。

では、どのように振舞えば共同体感覚を得て幸せになれるのだろう? そのためには、共同体感覚を貢献感所属感信頼感の3つに分解して考えるとわかりやすいかもしれないね。

貢献感とは「自分は人の役に立てる」との感覚、所属感とは「自分は誰かの仲間であり、誰かも自分の仲間である」との感覚、そして信頼感とは「自分や他者を信じる」ことだよ。この三つを育てていけば、人は幸せになれるんだ。人は他者とのつながりや絆を感じたとき、本当の幸せを感じることができるんだね。

もしかしたらピンと来た人もいるかもしれないけど、これは「勇気づけ」と同じ理屈なんだ。「ここでいう「勇気」とは、自分は人の役に立てること、他者は仲間であること、自他を信じることを指す」と先述したのを覚えているかな? 勇気づけは共同体感覚を獲得するプロセスでもあるんだ。

貢献感・所属感・信頼感はともに共同体感覚を形成する要素として相互に関連しているので、どれを育てていくことから始めてもいいよ。例え見返りがなくても誰かの役に立つことをする、自分から新しいコミュニティに参加してみる、誰かを信じて頼ってみる、などがそれぞれの例になるね。

誰かの役に立つことから始めてみたい人は、人に嫉妬しない方法は?が、新しいコミュニティへの参加から始めたい人は社会人でも友達ができる8ステップが参考になるよ。

頼ることから始めたい人は、他人に頼れない人の心理って?が参考になるかもしれないね。

金があっても幸せとは限らないぜ(´;ω;`)

アドラー心理学で勘違いされていること3選

実は『嫌われる勇気』で勘違いされている事柄って結構あるんだ。ここでは「課題の分離」「承認欲求の否定」「そもそも『嫌われる勇気』ってアドラーの言葉?」について、ちょっとしたトリビアを含めつつ解説するね。

課題の分離

課題の分離とは、自分の課題は自分が責任を持ち、他人の課題には介入することなく相手に責任を全うしてもらうことだよ。この「課題の分離」、アドラーが提唱した言葉ではないんだ。実は、日本にアドラー心理学を広めた精神科医である故・野田 俊作氏によって作られた言葉なんだよ。

承認欲求の否定

また、承認欲求を否定する」と『嫌われる勇気』に書かれているけど、これもアドラーは言っていないんだ。アドラーは「注目」を集めることが目的となった対人関係は一人よがりなものだからという理由で否定しているけど、注目と承認は別物だよ。そもそも承認欲求は人間に自然に備わった欲求だから否定しようがないんだ。

「承認欲求をなくしたい」と感じる理由と満たす方法

嫌われる勇気

そして、これはそもそも論になるけど、アドラーは「嫌われる勇気」なんて言葉は使っていないんだ。これは完全に岸見氏が創作した言葉だね。ただ、アドラーは次のように言ったそうだよ。

「信用」するのではなく、「信頼」するのだ。「信頼」とは裏付けも担保もなく相手を信じること。裏切られる可能性があっても相手を信じるのである。

なので、「嫌われる勇気」というフレーズこそアドラーの言葉ではないけれど、アドラーの思想を端的にとらえた優れたフレーズなんだ。相手が自分をどう思おうと、裏切ろうと、そんなことはどうでもいい。自分が相手のために貢献したいと思うことなのであれば、貢献したらよいのだ、ということをアドラーは言っていたんだね。

世の課題には二種類ある。俺のか、それ以外のか。

アドラーはトラウマを否定したって本当?

『嫌われる勇気』の中で特にセンセーショナルだったのが、この言葉ではないかな。

アドラー心理学では、トラウマを明確に否定します。

本当にアドラーはトラウマを否定したのかな? その点も確認していこう。

アドラーはトラウマについてどう言及しているか

アドラーはトラウマについて、どう言っているんだろう。アドラー著『人生の意味の心理学』には次のように書かれている箇所があるよ。

いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。われわれは自分の経験によるショック――いわゆるトラウマ――に苦しむのではなく、経験の中から目的に適うものを見つけ出す。自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって、自らを決定するのである。

上記を見る限り、アドラーは一言も「トラウマなんてない」とは言っていないみたいだよね。

アドラーが言っているのは、「トラウマをうけた『から』失敗した」「トラウマの『せい』でずっと苦しい」などと捉えると、「トラウマをもう受けてしまった以上、治ることはない」ということにつながるよ。だから、「トラウマはあって苦しいけど、勇気をもって治していこう」ということだよ。

トラウマは治療の対象

アドラーからトラウマについて学べること

アドラーはトラウマを特に否定はしていないよ。ただ、トラウマを受けたからといって「自分はもう欠陥品だ」「過去が変わらない以上、治ることはない」と捉える必要はないよと言っているだけなんだ。

このアドラーのトラウマ理解から学べることは、「トラウマは消せないとしても、トラウマからくる苦しい症状は治していける」ことと「トラウマからくる症状を治すには共同体感覚が大切」ということだね。

共同体感覚の一つに所属感があるけど、最近の研究では所属感を構成するソーシャルサポートの有無がトラウマ体験後にPTSDを発症させるか否かのもっとも大きな要因だとわかってきているんだ。

ソーシャルサポートやトラウマケアについて知りたい人はソーシャルサポートの記事も読んでみてね。

みんなで応援してるよ~!

シーン別 人間関係でアドラー心理学を活用するコツ

では最後に、アドラー心理学を日常生活でどう活かすことができるのかをみていこう。

アドラー心理学では、人が生きていく上で避けられない3つのタスクがあると考えたんだ。それが仕事のタスク交友のタスク愛のタスクだよ。これにそって、「仕事編」「友人編」「恋愛編」として、アドラー心理学を生き方に活かしてみよう。

さらに、アドラー心理学は子育てをする際にも大いに活かすことができるから「子育て編」もみていくね。

仕事編

職場でアドラー心理学を活かす場合、共同体感覚の中でも「貢献感」を意識するといいかもしれないね。

その職場で自分は何ができるのかを主体的に考えて実行していくと、どんどん共同体感覚が高まって幸福感が増していくんだ。

その一方、あまり「所属感」は意識しなくてもいいかもしれないよ。もちろん、職場にも仲の良い人がいるに越したことはないんだ。でも、色んな人がいるから、みんなと仲良くするのはとても難しいよね。

友だち関係なら仲良くない人とは連絡を取らないようにすることができるけど、仕事だと嫌でも連絡を取り合わないといけない場合も多いんだ。

だから、「所属感」を意識するよりも、仕事が円滑になる程度に互いに貢献し合う程度の緩いつながりでも可とすることも大事だよ。

職場でアドラー心理学を実践する際は、心理的安全性も参考になると思うから、こちらものぞいてみてね。

経理の仕事なら私にお任せ

友人編

友人関係では、共同体感覚の中でも「所属感」を意識するといいかもしれないね。

職場での関係性よりも、濃い人間関係が友人関係だよ。その分、自分の個性を出してもいいし、出すことが許される関係性なんだ。

だから「ありのままでもいい」と思えるコミュニティに所属することができると、とても幸福感を感じられるよ。

友人関係を円滑にするのに、コミュニティ感覚も参にしてみてね。

こんなワシを慕ってくれる家来に感謝

恋愛編

恋愛関係では、共同体感覚の中でも「信頼感」を意識するといいかもしれないね。

恋愛関係は、職場関係や友人関係にはない、独特な難しさがあるんだ。それは相手に対する「甘え」の気持ちが出てきてしまうことなんだ。

「こんなに一緒にいるんだから、言わなくてもわかるでしょ?」
「愛しているならこれくらいしてくれて当たり前」

「言わなくてもいいでしょう」「してくれるはず」という発想は相手に甘える気持ちからきているんだ。でもこのような発想は「縦の関係」に向かってしまう発想でもあるよ。

「甘えて相手の気づきに胡坐をかく人」と、「気づくために常に気を張っている人」といった縦の関係だよ。この状態になると、せっかく好き同士で結ばれた関係にも、いずれ破綻が訪れてしまうかも…。

恋愛関係では「言わないとわかってくれないの?」「してくれないの?」と相手を疑う気持ちよりも「相手は自分と同じ人間。人間は完璧ではありえない。完璧ではないから気づいてくれないこともある。気づけないのは人間だからであって、愛してくれていないからではない」という「信頼感」を意識することが大切になるんだ。

「言わなくてもわかるはず」ってつい思っちゃうよね

子育て編

子どもとの関係では、特に「課題の分離」と「勇気づけ」を意識するといいかもしれないね。

課題の分離

子どもの成長って本当にあっという間だよね。昨日できなかったことが今日になるとできるようになっていたりもするくらい。

親としては「手伝うべき課題」なのか「もう子どもが自分でこなすべき課題」なのかを見極めるのがとても難しく感じるよね。だから本当はもう子どもが一人できることにも手を出してしまうことも多いんだ。

でも、親もいきなり親になれるわけではないよね。子どもの成長とともに親も親になっていくわけだから、試行錯誤しながら徐々に子どもの課題は子どもに任せられるようになっていければいいんだよ。

大切なのは「子どもには子どもの課題がある」「親には親の課題がある」と課題を分離する習慣を意識することなんだ。ここを意識しないと、子どもかわいさのあまり、いつまでも子どもの課題に手を出してしまい、いっこうに子どもの「1人でできた」といった自信がつかないなんてことになりかねないよ。

どちらの課題かを見極める有効な方法は「それをしないことで誰がもっとも困るか?」を考えることだと言われているんだ。

例えば、「宿題をしない」を例に考えてみよう。子どもが自分の宿題をしないことでもっとも困るのは誰だろう? 親は心配になるだろうけど、本質的に困るのは子ども自身だよね。先生に怒られるかもしれないし、勉強についていけなくなるかもしれない。友だちにからかわれるかもしれないね。これらのことで一番困るのは子ども自身なんだ。

だから、「宿題をしない」といった課題は子どもの課題なので、親が直接何かすることはできないよ。

親ができるのは「子どもが自分の課題を自分で解決できるようにサポートする」だね。子どもが「わからないから教えて」と言ってきたらできる範囲で教えてあげたり、「参考書が欲しい」と言ってきたら、購入を検討したりがそうだね。「困ったら頼っていいからね」と伝えておくのも、親が子どもにできるサポートになるよ。

両親が昨日からアドラー心理学にはまったせいで代わりにやってくれなくなりました

勇気づけ

「勇気づけ」も子育ての時には意識したいアドラー心理学だね。

子どもはもちろん褒められたら嬉しいけれど、自分の存在そのものを肯定してもらえるともっと嬉しい気持ちになるんだ。「○○出来て立派だね」といった褒める言葉も嬉しいけど、「○○君がお手伝いしてくれたから助かったよ」の方が嬉しいということだよ。

褒めるよりも勇気づけを意識したい理由は、勇気づけならば子どもが失敗したとしても声掛けができるからでもあるんだ。

例えば、ご飯を残してしまったとき「残さず食べてお利口だね」とは褒められないよね。一方、「いつも美味しそうに食べてくれてありがとう」なら言えるよ。

決して「褒めちゃいけない」ということが言いたいのではなくて、勇気づけならば子どものことをいつ何時も尊重できる機会に恵まれるということが言いたいんだ。

勇気づけのコツは、「結果」ではなく「過程」に目を向けることだよ。例えテストで100点取れなくても、一生懸命勉強していたのなら、しっかりと勇気づけしてあげたいね。

フォロワーの皆! オラにカロリーを恐れない勇気をわけてくれ!

アドラー心理学まとめ

アドラー心理学について、「初めて聞いた」という人にもわかりやすいように解説してみたよ。

アドラー心理学は、①対人関係論、②全体論、③主体論、④認知論、⑤目的論の5つを基本とする複合的な理論なんだね。重要なことをあまりにもたくさん言及しすぎたために、多くの人はアドラー心理学の影響を受けていることにさえ気づかないみたい。

『嫌われる勇気』ではアドラー心理学はさもトラウマを否定するかのような書き方がなされていて誤解した人もいるかもしれないけど、アドラー心理学ではトラウマを否定なんかしていないよ。

アドラー心理学で考えているのは、トラウマを受けたからと言って「自分はもう欠陥品だ」「過去が変わらない以上、治ることはない」と捉える必要はないということで、むしろトラウマの被害を受けた人たちに勇気を与えようとしているんだ。

アドラーが「人間の悩みはすべて対人関係の悩み」と考えていたこともあって、アドラー心理学は対人関係のいたるところで応用がきくよ。この記事では職場関係、友人関係、恋愛関係、子どもとの関係に関して解説したから参考にしてみてね。

知らなかった「アドラー心理学」はあったかな?

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