HSPでも精神科看護に関わることはできますか?

2023.01.10 Tue

「HSPでも精神科看護に関わることはできますか?」の相談内容詳細

相談者
相談者 うらっこ
いまストレスを感じている「出来事」を事実ベースで抜き出してみてね。
「いつ・どこで・誰が・何を」を意識するのがコツだよ。
以前やっていた精神科訪問看護をまたやりたい。でも自分はみんなのようにおしゃべりがうまくない。精神科に関わるにあたり、HSPという病気ではないけどもそういう気質の人間が、心を病んでいる方に関わることはダメなのか?
「1」についての「感情」を%で表現してみてね。合計で100%にならなくても大丈夫。直感で書いてみよう。
モヤモヤ100%
「1」について浮かんでいる「考え」を教えてね。
周囲の女性のようにたわいないおしゃべりができない。おしゃれや子供のこととかより別なこと(スポーツ観戦)が大好きな自分は変わり者なのかな。自分は人の話を聞くほうが好きだけど、中には色々喋ってくれる人の方がいいっていう人もいるだろうし、やっぱり自分は人とちょっと違うのかな。そんな自分が精神科看護をしたいなんておこがましいかな。でも色んな人の色んな考え方、人生を聞いてるだけで感動というかこんなにみんな違っていいんだって思える。そんな人たちを受け止める精神科看護がしたい。でもHSPだってわかって安心している自分は甘えてるだけで、こういう気質の人間が仕事として関わるのはどうなのか?
いろんな視点から捉えるために、上記の回答の「別の可能性」を考えてみよう。
人の気持ちを想像できない人よりはマシ・・なのかな?自分が変わり者だからこそ何か理解できる部分もあるのかな?
いま専門家に聞いてみたいことは?
生きづらさを抱えながらでも今を辛く過ごしている人に関わって良いのか。他人の前で自分の気持ちを伝えられるようにするにはどうしたら良いのか。結局2人ペアで訪問して、自分が感じた事を表出しなければならないのですが、ペア相手の思ったように自分も感じなければ・・と思ってしまいます。なので思ってもないことに賛同したり、自分の感じた事を伝えられないことが辛いんです。
年齢、性別、職業
50代 女性
既往歴
なし
悩みの内容の自由記述
--- 未回答 ---
相談者 うらっこ さんの自分史
  • 50歳まで

    • 47

      色々本を読むうちに、自分は
      HSPの気質があることが分かった。

      1人が落ち着くこと、他人の前で自分の意見をが言い辛いのはみんなHSPのせいだったんだ。ホッとした。でもHSPのせいにしてる自分はずるい・甘えてるんじゃないか。

      HSPの自分を認めつつも、それを逃げにしているようで分かった時よりモヤモヤが続いている

    • 42

      周囲で精神疾患の方が何人かいて話をしているうちに心理学などに興味を持つ。精神科訪問看護の仕事を始める

      いろんな気持ちにもちゃんと理由があるんだ!スッキリした。高学歴の人でもこんなに今精神を病んで苦しんでいる。自分の身ひとつで誰かの心に寄り添えることができるってすごい。もっと勉強したい。

      でも2人訪問だったので、ペアの人の前で自分の考えを話したり、利用者さんと話すことがどうしてもできず退職。

  • 40歳まで

    • 40

      自分考え方が本当におかしいのか知りたくて、自己啓発本など読み始めた。

      こんな自分でもいいんだ。考え方で自分が変えられるんだ。自分をこの本は認めてくれてる。嬉しい。

      ずっと看護師を続けているのも「ありがとう」と言ってもらえる承認欲求が満たされるからかも。

  • 30歳まで

    • 27

      結婚して子供誕生。いわゆるママ友というお付き合いが嫌?苦手?で子供と2人ぼっちで遊んでいた。

      仲良くもないのに上辺でお付き合いするのはしんどい。子供の2人で遊んでたほうが気楽。ママ友羨ましい気持ちもあるけど、どうせ自分と会う人なんていない。

      多分子供が生まれてから吹っ切れたのか、無理して他人と群れることをしなくなった。ぼっちと後ろ指刺されようともあまり気にしなくなった。ぼっちのほうが気を使わなくて気楽と思うようになった。

    • 22

      人生で1番モテた。1年に4人から告白された。好きと言われるとその人が好きになってしまい、二股とかもしてしまった。

      こんな私のこと好きって言ってくれてる。やきもちをやいてくれてる。嬉しい。嫌われることしないようにしなきゃ。自分も会いたいけど、もし相手が会いたくない時だったら迷惑になるから連絡できない。自分が相手より好きになって、その姿をドン引きされたくない。

      相手の好意を嬉しく思う一方で、裏切られるんじゃないか、自分の気持ちのほうが大きくなった時、それが相手の負担になるのではないか。そう考えてしまい、本当に心を許せると感じた友人にしか、自分から遊ぶ約束など言えない。

  • 20歳まで

    • 14

      初めてのいじめ。突然仲のいいグループ内で無視される。多分数週間くらいで無くなった。学校に行くのが辛く、母親に泣いて話したけど「ふーん・・」で終わってしまった。

      なんで?私が何かした?中心にいる人が前からいろんな人を無視していたので、今度は自分の番か。わかって欲しくて親に打ち明けたのに、親身になってくれなかった。私の味方はいないんだ。

      仲良くてもいつ裏切られるかわからない。
      私のこと本当に心配してくれる人なんていないんだろうなって言う思いが奥底にある。

  • 10歳まで

    • 10

      親にドリフとか世間で流行っているテレビを見せてもらえず、友達との会話に見てるふりをしてウソをついていた

      「頭がバカになるから」っていう理由で見せてもらえなかったのは辛かった。見たかったわけでなく、友達みんなやってる・やれてることをできず合わせて会話してると、いつそれがバレて嘘つきと言われないか不安だった。

      同世代の人が興味があることに自分が興味がないのは自分がおかしいからかなってまず考えてしまう。

    • 8

      母親からとにかく勉強勉強、と言われてつきっきりで勉強させられた。弟にはそのようなことはなかった。母親は地元では高学歴だった。「勉強しないでバカになると○○みたいな仕事をするしかない」と言われた

      なんで私ばっかり。私とお母さんは違う。○○の仕事だって、無ければみんなが困るし、頭が良ければいいわけじゃない

      特に思いつかない

※ プライバシー保護のため、ご質問の一部を編集部で変更している場合がございます。

「HSPでも精神科看護に関わることはできますか?」への回答

  • 回答したカウンセラー

    浅井 音楽

    臨床心理士 / 公認心理師 浅井 音楽

    うらっこ さんこんにちは。臨床心理士の浅井です。

    うらっこ さんはHSPという概念に出会ったことで安心できた一方「HSPの自分が精神科訪問看護という形で心を病んでいる方に関わることができるのか」という悩みも湧いてきてしまったということですね。これは深めていく価値がありそうな質問です。今回は同じ精神医療に携わる立場から、真剣に考えていきたいと思います。

    結論から言うと「HSPを自認する人が精神科訪問看護に携わるのは難しい」と思います。

    ですがこれは うらっこ さんが精神科訪問看護に関わるのを止めるべきだと言っているわけではありません。むしろその逆です。

    うらっこ さんが自分の特性を深めることができれば うらっこ さんらしさを損なうことなく、良い形で訪問看護の仕事に臨めるはずです。ですがそのためには「HSP」という言葉との向き合い方を見直す必要があるように感じました。

    上で述べた結論はあくまで、 うらっこ さんやこの回答を見る方に意見を印象付けるためのやや乱暴な要約です。

    正確に言うならば『「自分はHSPだから」など解像度の低い状態で自己理解を止めてしまう人は他者に対してもその見方を適用しやすく、他者の個別性を理解し尊重する必要がある職種で困難を生じやすい』といったところでしょうか。冗長に感じるかもしれませんが、こちらの意見をちゃんと伝えるためにはこれ以上短縮できませんでした。ここからはこの意見について順を追って説明していきます。

    まず うらっこ さんの相談内容を読み解く上で前提となる「HSP」についてです。HSPについての基本的な情報はココロジーでも解説していますので、ここでは うらっこ さんの相談内容に合わせて少し発展的な内容をお話します。

    【HSPについて】

    HSPは診断できるの?本当の特徴と心理学的に楽になる方法【臨床心理士監修】

    HSPはここ数年で爆発的に広まった言葉です。日本ではよく「繊細な人、生きづらさのある人」といった言葉で紹介されています。ですが書籍やSNSを通じて広まっているHSPの紹介には、間違った情報が非常に多く紛れ込んでいます。

    心理学研究においてHSPは「生きづらさのある人」のことではありません。学術的な意味のHSPは「環境感受性が高い人」のことです。環境感受性とは周囲の環境や刺激からの影響の受けやすさを表します。つまりHSPとは「良い意味でも悪い意味でも周囲の環境や刺激から影響を受けやすい人」のことだと言えます。

    ですがHSPについて情報発信する人の多くはこうした学術的な背景を踏まえていません。たとえばネットでよく見る「HSP診断テスト/チェックリスト」ですが、実際に見てみると学術的な根拠がなく、何を測定しているのかわからないものであふれています。「◯個以上当てはまる人はHSP」と書かれている本やサイトも多いですが、科学的な根拠はありません。

    HSPがこれほど広がった背景には「感じていた生きづらさに名前をつけてくれた」という安心感が強く影響しているのだと思います。 うらっこ さんも自分史の中で1人の時間を好んだり人前が苦手なご自身の性質について「みんなHSPのせいだったんだ。ホッとした」と書いているように「こんな人はHSP」「HSPあるある」といった情報は、生きづらさを抱える人の共感や安心感を呼び起こします。これはHSPという言葉が広まったメリットだと言えるでしょう。

    その一方で、生きづらさを感じた経験すべてをHSPに回収するような体験談や、〇〇型HSPなど学術的な根拠に乏しい情報が広まったことによるデメリットもあります。HSPという言葉は今の所生きづらさの語りならなんでも付けていいタグのようになってしまっていて、何を表す言葉なのかわからなくなってしまっているのが現状です。

    こうしたHSPを取り巻く現状は、 うらっこ さんの相談内容にも深く関わっているように見えます。 うらっこ さんは今回「HSPでも精神科看護に関わることはできますか?」というタイトルで相談してくださいました。ですが相談内容の中には学術的な意味でのHSPらしさはほとんど含まれていないことに気づきました。例としていくつか抜き出してみます。

    ・周囲の女性のようにたわいないおしゃべりができない
    ・おしゃれや子供のこととかより別なこと(スポーツ観戦)が大好き
    ・人の話を聞くほうが好き

    おそらく うらっこ さんはこのような自分の個性に「HSPだから」という意味づけをされてきたのではないでしょうか。ですが実際にはこれらのエピソードは学術的なHSPとまったく関係ないものです。HSPだからたわいないおしゃべりができないということはないですし、おしゃれや子供のことよりも別のことに興味があったり、人の話を聞くほうが好きになったりするわけではありません。

    これらは うらっこ さんがHSPだから生じているというものではなく、 うらっこ さんの個性を表したエピソードです。

    そして、こうしたエピソードをHSPという言葉に回収してしまうと、せっかくの うらっこ さんらしさが活かされにくく、もったいないことになってしまいます。

    これまで述べてきたように、今世間的にブームになっているHSP概念は学術用語としてのHSPから遠く離れ、生きづらさ全般に貼られるラベルになってしまっています。

    流行り言葉としてのHSPはあらゆる生きづらさ体験談を取り込んでしまって何を表しているのかわかりませんし、学術的な意味のHSPにも「環境感受性が高い人」以上の意味はありません。

    そのため「私はHSPです」という言葉はほとんど何も言っていないのと同じです。HSPという言葉は自己理解の終点ではなく、自己理解のスタート地点でしかありません。

    上でも触れたように うらっこ さんの興味の方向性や人の話を聞くほうが好きといった個性はHSPとはなんの関係もありません。

    「HSPの人」「HSPだから」と単純化してしまうことで見落してしまう うらっこ さんならではの個性がたくさんあります。能力の凸凹や感覚的な好き嫌い、何に興味を持って何を重要視しているのか。それはすべて うらっこ さんに固有の個性であり、ある種どうしようもない特別さです。

    うらっこ さんがより良い形で精神科訪問看護に関わっていくためには、この前提がとても重要です。

    精神科訪問看護は、病気や障害を抱える人が地域の中でその人らしく生活できるように支援する営みです。そこでは診断名などラベルに依らない自明な、どうしようもない特別さを重視し深めていく視点が必要です。次に訪問看護と病棟看護の違いを踏まえ、訪問看護において重視するべきことはなんなのか考えていきます。

    訪問看護と病棟看護は、その前提が大きく異なります。 うらっこ さんはスポーツ観戦がお好きと教えてくれたのでここではスポーツに例えてみます。医療従事者にとってのホームが病院だとすると、利用者にとってのホームは自宅など生活の場です。そのため医療従事者にとって病棟看護はホームゲームとなり、訪問看護はアウェイゲームになります。

    病棟の利用者はスケジュール管理や規則によって「患者」の側面が強調されます。一方で訪問看護では利用者の「その地域で生活する1人の人間」という側面が強調されます。座る位置は真正面なのか対角線上なのか、そもそもその場所に座って良いのか。窓を開けてよいのか、ダメなのか。ダメならばその理由はなにか。訪問看護ではあらゆる前提や思い込みを取り払って利用者の生活の場にある利用者独自のルールを把握する必要があります。

    ですがその時、今のように うらっこ さん自身をHSPという言葉に閉じ込め、単純化する視点を持っていると、それを利用者にも適用してしまうことがあります。

    「HSPという病気ではないけどもそういう気質の人間が、心を病んでいる方に関わることはダメなのか」と うらっこ さんに疑問を抱かせたのは、この働きによる部分があるかもしれません。「HSPという特性を持っている自分」と「周囲の普通の人」を分けるのは、目の前の利用者に「うつ病の人」や「統合失調症の人」とラベルを貼り「健常者」と「障害者」を分ける考え方と似ています。

    うらっこ さんが うらっこ さん自身のかけがえのない個性を「HSP」などのラベルに閉じ込めてしまう視点は利用者をはじめとした周囲の人にも適用されてしまい、精神科訪問看護の際重要になる利用者の生活の仕方や強み、独特のルールといった個性を把握しにくくなってしまうんです。

    ここで最初に述べた結論に繋がってきます。

    『「自分はHSPだから」など解像度の低い状態で自己理解を止めてしまう人は他者に対してもその見方を適用しやすく、他者の個別性を理解し尊重する必要がある職種で困難を生じやすい』

    病棟看護では利用者の問題点に注目する問題解決モデルを中心にしますが、訪問看護においては「利用者が自分の生活する空間、地域の中でどのように暮らしたいのか」といった自己実現への思いを尊重する必要があります。そのためには利用者の「できないこと」に介入する視点はもとより「できること」「やりたいこと」を見つけ、活かしていく視点が大切になります。

    思い込みやラベルを取り払い自分や他者の個性に注目し尊重する視点は、利用者の自己実現だけでなく うらっこ さん自身にも良い影響をもたらしてくれるはずです。 うらっこ さんが自己理解を深め、自分自身の特性を把握できるようになってくると、ペア訪問をはじめ業務上の不安や苦手意識にも対処しやすくなります。

    たとえば うらっこ さんは「ペア相手の思ったように自分も感じなければ・・と思ってしまいます。なので思ってもないことに賛同したり、自分の感じた事を伝えられないことが辛いんです。」と書いてくれていますが、ここにもいくつか思い込みの罠があります。

    ペア相手と同じ意見でなければならないならそもそもペアで訪問する理由がないですし、 うらっこ さんの感じたことを伝えてはならないなんて決まりもありません。ここには人前への苦手意識以外に「HSPの自分は他の人と違う感じ方をする」のような思い込みが隠れているように思えます。

    せっかくの うらっこ さんの精神科訪問介護へのモチベーションを、そうした思い込みに邪魔されてしまうのはもったいないです。そこで うらっこ さんにはまず、HSPをはじめとしたラベルに頼らない自己理解を深めていって欲しいと思います。

    ココロジーではたびたび紹介している方法ですが、ノートに思いついたことを書き出していく「ジャーナリング」は自己理解を進める上で非常に役に立ちます。

    ・他の人に合わせなきゃいけないと感じるのはどんな場面、どんな相手?
    ・最近あった良いことは?
    ・自分を休める方法は?
    ・どんなことに敏感? どんなことに鈍感?

    慣れないうちはこのようなテーマに沿って書き始め、時間いっぱい手を動かすのを意識してみてください。書いているうちにどんどんテーマから離れていくかもしれませんが、まったく問題ありません。

    ジャーナリングを通じ うらっこ さん自身の特性や考え方のクセがわかってきます。それに伴って周囲の人に自分の得意不得意を伝えやすくなり、 うらっこ さんの能力が発揮しやすい環境作りにも役立ってくれます。ジャーナリングはそれだけでなくストレス低減やコミュニケーション能力の向上にも効果があるとされている方法ですので、ぜひ取り入れてみてください。詳しい方法は以下のリンクから読むことができます。

    【ジャーナリング】

    書く瞑想「ジャーナリング」が3分でできるやり方【ワーク機能つき】

    日々の生活の中に「好き」「嫌い」「得意」「苦手」といった様々な感情や、自分自身の特性を観察する視点を取り入れることで「HSP」というラベルには収まらない うらっこ さんの個性が理解できるようになっていきます。そうして築きあげた視点は訪問看護の中で利用者の強みや弱み、細かい変化に気づき、利用者の自己実現を達成する助けになってくれます。

    以上がお返事になります。一度離れた訪問看護の現場にもう一度関わろうとする うらっこ さんのモチベーションをとても尊敬しています。 うらっこ さんの力がHSPという言葉の使い方によって狭められず十分に発揮できるよう、対人支援職の後輩として応援しています。今回はご相談いただきありがとうございました。

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