「承認欲求をなくしたい」と感じる理由と満たす方法

2022.04.29 Fri
シンくん

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シンくん

承認欲求のなくし方
「承認欲求をなくしたい」と感じる理由と満たす方法

誰だって褒められたらうれしいし、頑張ったことを認めてもらいたいよね。そんな気持ちのことを承認欲求というよ。

SNSは「いいね」一つでそんな承認欲求を満たしてくれるから楽しいよね。SNSの代表格ってTwitterやInstagramだと思うけど、総務省のデータによれば国内の実に4割以上の人が利用しているんだって。

とはいえ、こういう承認欲求ってあんまりよくない、否定しなきゃいけないことだって聞いたことはないかな? 「承認欲求をなくしたい」って人も多いと思う。今回はそんな承認欲求について解説していくよ。

承認欲求っていいもの? わるいもの?

承認欲求とは

承認欲求とは「認められたい願望」のことだよ。心理学者の菅原氏は承認欲求を「賞賛獲得欲」と「拒否回避欲求」としての2つに分けているよ。

賞賛獲得欲求

一つ目の賞賛獲得欲求とは、「他者から好かれたい」欲求のことだよ。SNSで「いいね」が欲しくなるのは、「他者から好かれている」実感を得ることができるからかもしれないね。

辻井氏の研究によれば、女性に比べて男性の方が賞賛獲得欲求が高い傾向にあるとのことだよ。バレンタインデーのとき、男子が「とりあえずチョコが欲しい」と思ってしまうのは、悲しい性なのかもしれないね…。

よっしゃぁあああー!!!

拒否回避欲求

二つ目の拒否回避欲求とは、「他者から拒否されたくない」欲求のことだよ。

時々「人目が気になる」や「嫌われたくない」といった傾向を承認欲求の表れと考えることがあるけど、それは承認欲求の中でも拒否回避欲求のことを指していたんだね。

ちなみに、先ほども紹介した辻井氏の研究によれば、拒否回避欲求は女性の方が高い傾向があるんだって。摂食障害を持つ人は他者から嫌われてしまうことを過剰に心配する傾向があることが知られているけど、摂食障害を患う人に女性が多いのはこのためかもしれないね。

こんなの絶対バカにされるじゃん…(泣)

承認欲求が強い人の特徴

承認欲求が強い人は、どのような特徴を持っているんだろう。次はそれを見ていくね。

社交不安が高い

承認欲求が強い人は、社交不安も高いことが知られているよ。社交不安とは「人から自分はどう見られているんだろうか?」といった不安のことだよ。

他者から好かれたい賞賛獲得欲求にせよ、他者から嫌われたくない拒否回避欲求にせよ、「他者から自分がどう思われているか」がとても気になるから、他人の一挙手一投足に敏感になって不安を感じやすいんだ。

皆私のことどう思ってる?

空気を読む

承認欲求が強い人は、空気を読む傾向があることも分かっているよ。

心理学・哲学の分野で著述家・評論家として活動している山竹氏によれば、現代人は仲間の承認を得るために自分の本音(ありのままの自分)よりも、仲間が共感してくれる行為かどうかや、場の空気や相手の心的部分への配慮を優先する傾向があるんだって。この傾向のことを「空虚な承認ゲーム」と呼んで警鐘をならしているんだ。

(帰ってテレビ観たいけど、「帰る」って言い出しにくいなぁ…)

つい見栄を張ってしまう

承認欲求が強い人は、「他者から凄いと思われたい」気持ちが強いので、つい見栄を張ってしまうこともあるんだ。

例えば、高級車を所有することで周りの人に「私は成功者だ」というメッセージを発し、称賛されることを期待する、などだね。

確かに、高級車とまではいかなくとも、ちょっといいレストランに行ったら出て来た料理をInstagramに挙げてしまうことってあるよね。その写真をみた人に「凄い人だな」って思ってほしい気持ちが、誰にだって少なからずあるものなんだ。

でも、承認欲求を満たすためだけに見栄を張り続けると、本当は欲しくもない高級品を買うことになったり、それによって借金をしてしまったりするリスクがあるから気を付けたいね。

これがやりたくてアコムで借りてきた

SNSストレスとSNS依存が同時にある

大分大学の中尾氏らの研究によれば、承認欲求が高い人ほど SNSで積極的に投稿をする一方で、SNSを続けることにストレスを強く感じていることが示唆されたそう。「いいね」の数が多くても特に何も感じないけれど、少ないとネガティブな気分になるので、「いいね」をたくさんもらえる投稿を継続しなきゃいけなくなるからなんだ。

承認には慣れていってしまう一方で、何の反応もない傷つきには人はなかなか慣れることができないんだね。人はポジティブなことよりもネガティブなことに敏感に反応するネガティビティ・バイアスがあるからなんだ。

もし「自分は人一倍ネガティブに敏感!」という人がいたらネガティブ思考の対処法をまとめた記事も読んでみてね。

全然「いいね」ついてないじゃん。やる気失せた…。通勤中だけど帰ろ。

なぜ承認欲求が悪いことと思われているのか

承認欲求が強いと色々と弊害も生まれやすいみたいだね。上に書いた特徴もあまり望ましいものじゃないと感じたんじゃないかな? これを見ると「承認欲求を否定しよう」って言われるようになったのにも納得できてしまうよね。

ここで、心理学上での「承認欲求」の扱いと、現代において最も承認欲求が現れるSNSとの関係を確認してみよう

マズローの欲求5階層説

心理学者であるマズロー は、人には普遍的な欲求が5つあるとして「欲求5段階説」を提唱したんだ。その中の一つに承認欲求が含まれているよ。

マズローによれば、より下位に位置する生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求の3つが満たされて初めて、承認欲求が満たされるようになるとのこと。

確かにしっかりとご飯が食べれて、雨風をしのげる場所があって、何かしらの集団に属してからじゃないと「他人に認められたい」うんぬんなんて言ってられないよね。

承認欲求の次に位置する5つ目の欲求は自己実現欲求と呼ばれていて、あるべき自分になりたい願望のことだよ。マズローによれば、まずは誰かに認められることが自分らしさを発揮する前提となっているということなんだね。

欲求5段階説は科学的には実証されていないんだけど、納得感はあるし、承認欲求を広めた説として重要な考え方だよ。

こたつの所属と愛の欲求の満たす力半端ない。全然ここから出たいと思わない

承認欲求を否定せよ(嫌われる勇気)

一方、『嫌われる勇気』(岸見一郎 著)によれば、アドラー心理学では承認欲求は否定しなければならないものと考えられているとのことだよ。

というのも、承認欲求を満たすことばかりを考えるようになると、「誰かが承認してくれるならやるけど、誰も承認してくれないならやらない」といった、他人の評価ありきで自分の行動が制限されてしまう不自由な選択を自分に強いることになってしまうからなんだ。

確かに「みんなのために」と思って始めたことでも誰からも褒めてもらえないと、次第に「止めちゃおっかな…」と思ってしまいそうだよね。

誰も認めてくれなくても、俺はこのファッションを貫くぜ

SNSの普及

総務省が令和3年6月に発表した「令和2年通信利用動向調査の結果」によれば、国民の73.8%が何かしらのSNSを使っているとのことだよ。SNSの魅力の一つは、比較的簡単に承認欲求を満たしてくれることだよね。「いいね」をもらえるとなんだかちょっと認められた感じがするんだ。

実際、承認欲求についての最近の心理学研究を調べてみると、SNSの利用に関するものがかなり増えてきているよ。

2022年4月現在、Googleで「承認欲求 論文」と検索してみると、最初に出てきた論文が「承認欲求についての心理学的考察 : 現代の若者とSNSとの関連から」で次が「承認欲求とソーシャルメディア使用傾向の関連性」であることからも、承認欲求とSNSとの関係はかなり強く結びついていると言えそうだね。

「インスタ映え」が 2017年の流行語大賞に選ばれたことからも明らかなように、現在社会は、フォロワーにいかに「凄い」と思ってもらうかが自分を肯定するのにとても大切な役割を果たしているんだ。

ただ、「いいね」だけが承認欲求を満たす事柄になってしまうと危険で、つい「いいね」欲しさに危険な場所に不法に侵入したり、反社会的・非社会的な行為を投稿してしまうリスクが高まってしまうんだ。

このように、他人の評価によって自分自身でも自分の行動をコントロールできなくなるダークサイドがあるから、「承認欲求を満たすこと=悪いこと」と認識されるようになってきたと考えることができるんだ。

バンクシー真似て落書きした動画あげたらバズったけど、後で大変な目にあったわ…

承認欲求のなくし方

SNSの普及によって承認欲求が比較的簡単に満たされるようになってきた現代だからこそ、承認欲求の負の面がより一層顕在化してきているんだ。『嫌われる勇気』の「承認欲求を否定する」という内容に影響を受けた人が多いのはそのためかもしれないね。

けれど、マズローが指摘しているように、承認欲求は人間にとって普遍的な欲求でもあるんだ。そんな誰しもが持っている承認欲求をなくすことなんてできるんだろうか?

実は承認欲求をなくすことは「不可能」と言ってよいほど難しいことだよ。でも、捉え方を替えることで承認欲求に苦しむ気持ちを楽にすることならできるかもしれないね。ここではどうしたら承認欲求とうまく付き合っていけるのかを一緒に考えていこう。

承認欲求を2つに分ける

承認欲求を「目的としての承認欲求」と「手段としての承認欲求」の二つにわけると、承認欲求に対してのイメージが少し変わるし、承認欲求に苦しむ気持ちを楽にすることができるよ。

「目的としての承認欲求」は「好かれたい」「チヤホヤされたい」「『いいね』が欲しい」という欲求の充足が目的となっている承認欲求のことだよ。他人が評価してくれるかどうかで自分の行動が変わってしまう結果を招くのは、こちらの承認欲求だね。

一方で、「手段としての承認欲求」は、あくまでも「自己実現」していくための土台作りのために行われるタイプの承認欲求だよ。

もちろん、「誰が何と言おうと、自分がやっていることを自分が認められればそれでいい」と思えればそれに越したことはないよね。けど、誰しもがそんなに強いわけではないんだ。「自分はこれでいい」と内心思っていても、その一方で確信が持てないことだってあるよね。

そんなとき、誰か1人でも「私もいいと思う」と言ってくれたらどれだけ勇気づけられるだろう。「やっぱり自分のやりたいことはこれだ」って強く信じられ、自己実現につながるくらい勇気が出てくるだろうね。

「自己実現への一歩を踏み出す勇気」をもらうために承認を得ることは、否定される必要のないものではないかな。例えば、イラストレーターになることを目標にしている人がTwitterに描いた絵を投稿してコメントや「いいね」をもらうことで、次の作品を造るモチベーションにするみたいな感じだよ。

「目的としての承認欲求」よりも「手段としての承認欲求」を残していけるといいよね。

ちなみに、今まで「アドラー心理学では承認欲求を否定する」かのように述べてきたけど、実はアドラー心理学ではそんなことは一言も言っていないんだ。あくまでも『嫌われる勇気』にそう書かれているだけだから注意してね。

アドラーはむしろ、「人は所属したい気持ちが強い」と言っていて、その気持ち、つまり所属感を強めるためには当然その集団から承認されることがとても大事であると認めているんだ。どこかに所属することと、その集団に認められることの二つはとても重要なんだね。

このアドラーの説は、マズローが「所属と愛の欲求」が満たされて、次に「承認欲求」が満たされると5段階説で言っていることととても良く似ていると思わない? それもそのはずで、実はアドラーはマズローのお師匠さん的な存在だったんだ。マズローはこんな言葉を残しているらしいよ。

私にとってアルフレッド・アドラーは年を追うごとに正しいものになってきている。

アドラーが承認欲求を否定していたとしたら、マズローが承認欲求を5段階説に入れ込むはずはないよね。

「目的としての承認欲求」か「手段としての承認欲求」か

「好き」「得意」を見つけて伸ばす

「目的としての承認欲求」は捨てて「手段としての承認欲求」を残していくという方針が固まったら、どんどん自分が「好き」や「得意」と思えることを実現させていこう

ここで大事なのは“自分”を軸にすることだよ。他人が「好きそうなこと」や「褒めてくれそうなこと」を軸にしてしまうと、それは「目的としての承認欲求」を満たすことになってしまうからなんだ。

実はマズローは承認欲求を二つに分けていたんだよ。一つが「他者から認められたい」と思うもので、「他者承認」と呼ばれるものだね。もう一つが「自分はこれでよい」と思うもので「自己承認」と呼ばれるものなんだ。

まずは自己承認によって承認欲求を満たし、「でもちょっと自信がないな」というときに誰か信頼できる人の承認を+αとしてもらえるといいよね。

「好きなことがない」「得意の伸ばし方がわからない」という人はなりたい自分になる技術を試してみてね。

描きたいものを描けばいい!…でも時々は褒めて欲しい♥

結果よりも過程に目を向ける

結果だけじゃなくて、過程にも目を向けられると承認欲求を満たしやすくなるよ。

「成功した」「優勝した」など結果が出た瞬間しか自分を承認できないとなると、それ以外の状態の自分は取るに足らない存在だということになってしまうよね。でも本当にそうなのかな?

例えば、頑張って絵を描いたけれど絵画コンクールで入選しなかった場合でも、「入選した」ときだけが素晴らしいのではなく、「入選しようと努力したこと」がすでに素晴らしいんだ。絵を描けない人からしたら、絵を完成させるだけの技術と根気があるだけでも十分称賛に値することなんだよ。

長い目で見たとき「入選できなかった」と自己不信感を募らせた自分と、「入選できなかったけど、描きあげてすごい」と自己承認できた自分とを比較して、今後入選を勝ち取ることができそうなのはどっちの自分だろう。

たとえ結果が伴わなくとも、結果を出そうと努力していることがすでに尊いんだ。努力したからこそ得られた忍耐力や経験はあとで何かしらの形で活きてくる可能性があるよ。頑張ったね。

グランプリは取られへんかったけど、俺らは去年より確実におもろなってんで!

否定的な側面も大切にする

たとえそれが否定的な側面でも、自分を構成する大切な要素なら、その側面も大切にしてあげると承認欲求が満たされるよ。

SNSで「いいね」がもらいやすいのは、大抵の場合、自分のポジティブな側面に対してだよね。美味しそうなご飯が作れたときとか、結婚したときとか、試験に合格したときとか。

でも人には悪い面もあるのは当たり前だよね。いい面を他者に提示することでしか承認欲求を満たせないとしたら、いずれ無理が来てしまうよ。一見悪い面に見えるものも、自分を構成する大切な要素だし、なくすことはできないものなんだ。だからそれらを否定することなく「こういう側面があるんだ」と認めることが大事になるよ。

「そんなこと言っても、どうして自分の嫌な面に向き合いたくない」という人もいるよね。そんなときには、リフレーミングが役に立つかもしれないよ。

下品? いやいや、クールビズやん。エコやん(リフレーミング)

自分史を振り返る

自分の過去を振り返ることも、承認欲求を満たすのには効果的だよ。

忘れがちだけど、決して忘れてはいけないのが「生きている」ということなんだ。人生、山あり谷ありと言われるけど、例え過去に山があっても谷があっても、今この瞬間、生きている自分がいるのは間違いがない事実だよね。

どうして辛いことや悲しいことがあっても生き抜いてこられたんだろう? 生き抜いてきた過去の自分はとても尊敬に値する存在なんだ。

そんな過去に自分を見つめなおすために、自分史を作成することはとってもお勧めだよ。

「過去は乗り越えられたかもしれないけど、今の辛さは過去のものと比べ物にならない!」と感じて辛い毎日を送っている人もいるかもしれないね。そんなときは信頼できる人や専門家の承認を+αとしてもらうことで支えにしてもいいんだ。+αで他者承認を得ることと、自己承認を形成していくこととは矛盾なく両立するよ。

過去があるから、今の私がある

承認欲求まとめ

承認欲求を満たす行為は、他人の評価が自分の行動の選択を決める軸になってしまい、最悪の場合自分でも自分の行動をコントロールできなくなるダークサイドもあるから、「承認欲求を満たすこと=悪いこと」と認識されるようになってきたみたいだね。

でも、承認欲求は人間に本来備わった欲求だから、まったく0にしてしまうことはできないんだ。だから、承認欲求を「目的としての承認欲求」と「手段としての承認欲求」の2つに分けて、「自己実現」していくための土台作りのために行われる「手段としての承認欲求」を伸ばしていく意識が持てるといいね。

自分が「好き」「得意」と思えることに精進したり、頑張った過程に注目したり、否定的な自分も受け入れたり、過去を振り返ることでも承認欲求を満たすことができるよ。

人に認められたい気持ちは、無理して否定する必要はないんだ

 

 

 

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