女性の集団に苦手意識があり、特定の場面で人と関わる度に予期不安、侵入思考に陥る自分が嫌になる

2023.06.21 Wed

目次

回答したカウンセラー

小野寺 リヒト

臨床心理士/公認心理師

小野寺 リヒト

臨床心理士・公認心理師。FP2級所持。
医療機関や一般企業の産業保健事業部等での勤務経験があります。心の悩みが気兼ねなく相談できたり、セルフケアの重要性が浸透した世の中になってくれたらいいなと思っています。読書と料理が好きです。
【得意な相談】
〇気分の落ち込みや不安に関する相談(上手な気持ちの切り替え方、最初の一歩になる行動の踏み出し方等)
〇人間関係に関する悩み(パートナー・親子・職場関係・友人等)
〇お金の相談(ついお金を使ってしまう心理、貯蓄・節約のこと等)

「女性の集団に苦手意識があり、特定の場面で人と関わる度に予期不安、侵入思考に陥る自分が嫌になる」の相談内容詳細

相談者
相談者 るる
いまストレスを感じている「出来事」を事実ベースで抜き出してみてね。
「いつ・どこで・誰が・何を」を意識するのがコツだよ。
①過去の経験から同年代女性の集団に強い苦手意識があり困っている。(私自身も女性)
職場トラブルはあったものの、プライベートでは長年気の合う人とだけ深く狭い付合い、苦手なタイプの人や集団とは距離を置き快適に過ごしてきた。
産後、日常的に母親同士やご近所付合い、大勢の女性との関わりが避けられない状況になった。
打破したくて、自ら交流する事を心掛けたり、PTA活動も積極的に行った。
PTAは昼夜問わず頻繁に連絡が来る。返信にも神経を遣い気が休まる暇がない。
次第に慣れてきたところで対人トラブル発生。
1年間、PTA、家庭、仕事、キャパ以上にやったつもりだが、心身不調が続き日常生活に支障が出た。

②上記状況でのみ嫌われ恐怖を感じて、つい衝動的に良い人を装う、人に合わせがち→数日間心身疲弊→反芻し引き摺る。
侵入思考に囚われるのが苦痛で仕事を詰めて気を紛らわせた。
趣味で気分転換を、と試みるが、精が出ないのも悲しい。
「1」についての「感情」を%で表現してみてね。合計で100%にならなくても大丈夫。直感で書いてみよう。
辛さ不安90 嫌悪感70 情けなさ30 頑張った50 虚無感5
「1」について浮かんでいる「考え」を教えてね。
①人生で一番辛い状況。今まで快適に過ごせていた分余計地獄。
過去の出来事の積み重ねでこんなに不安や嫌悪を感じるようになったんだろう。
本心は、不安に感じる人付合いの全て、避けられるものなら避けたい。心底したくない。
でも人の親なのにそんなの情けない。
本心に正直に動く=悪目立ち、居心地の悪さを感じるのはきっと自身の性格的にもっと辛い。
もう少し心に負担なく、考えすぎず、引き摺りにくくなりたい。

②気持ちの切替が出来ない。というより、自分の心身なのに全く制御が効かない感覚。
それ以外の場面(素の自分)では、自己主張が強い奔放な性格だと思う。
考えすぎだと自身でも不思議になるが一々考えが止まらず疲れる。
現在の環境は、とても親切な方から一般常識が通じない方様々で、特に後者と関わる度に自身がこれまで培ってきた価値観や感覚は全ておかしかったのでは?と自信を失い動揺する。
モラルの無い人に対してストレスを感じる。
そういう人や自身について何故言動をしたのか?と無意識に分析もしてしまう。
今迄の頑張りも、よく頑張ったと自負する反面、無駄な足掻きだったのかなと感じることがある。
いろんな視点から捉えるために、上記の回答の「別の可能性」を考えてみよう。
自分に嫌いな人が居るように、誰かに嫌われていたとしてもそれは自然な現象。
色んな人が居るんだから、私も自分らしく振る舞えば良い。
他人は自分に関心がないからそんなに気にしないで大丈夫。
誰かのためになっているかも。
いま専門家に聞いてみたいことは?
・外面を取繕い疲弊を繰返してしまう事、止まらない侵入思考や脳の多動感に困っています。以前こちらで侵入思考について読み試していますが、結局いつも頭に嫌な事がありノイローゼな自分が怖くなります。
・生きるうえで対人関係を断つ事は現実的でないので、今後も努力出来る部分は少しずつ続けていきたいです。どのように苦手な人との付合いと感情に折合いを付けていけば良いでしょうか。
また、何でも白黒付けがちで、無理 と 頑張る の線引きが分かりません。
年齢、性別、職業
40歳、女性、主婦
既往歴
不安障害
悩みの内容の自由記述
--- 未回答 ---
相談者 るる さんの自分史

自分史はまだありません。

※ プライバシー保護のため、ご質問の一部を編集部で変更している場合がございます。

「女性の集団に苦手意識があり、特定の場面で人と関わる度に予期不安、侵入思考に陥る自分が嫌になる」への回答

  • るる さん、ご相談をよせてくださりありがとうございます。臨床心理士・公認心理師の小野寺です。

    今回 るる さんがお聞きになりたいことをまとめるとすると「侵入思考が止まらない」と「人づきあいに関する困難」という件の二つの事柄となりそうですね。

    この二つは一見異なるお困りごとに見えます。しかし、私には両方とも「リアリティ」を取り戻すことで解決する事柄のように思えるのです。逆に言えば、 るる さんは現在この「リアリティ」が空虚になっている状態なのかなと思うのです。要は、どこか「現実」よりも「概念」に体重がかかった立ち方をしているようなイメージを抱いたのです。

    私が るる さんに感じている「リアリティが空虚になっている」と考える根拠と、その回復についてご説明していければと思います。

    専門用語はリアリティに欠ける

    私が るる さんのご相談を自分史を含めて拝読してまず感じた特徴は「専門用語」と「因果論」でした。この特徴から、私は「 るる さんのリアリティが空虚になっている」と考えたのです。

    まずは「専門用語」が特徴的なことから私が感じたことをお伝えします。

    【タイトル】にも【聞いてみたいこと】にも るる さんは「侵入思考」という言葉を使っておられましたね。他の箇所では「予期不安」「強迫観念」「過呼吸発作」なども使われていました。直接的な記述はありませんでしたが、「白黒付けがち」との記述からは、背景に「白黒思考」という専門用語、「脳の多動感」という記述からは「ADHD」という専門用語を連想されていたのではないか?と想像します。

    専門用語は、専門家同士など、その専門用語を共通認識として持っている者の間で使うのにはとても便利な道具です。「自分の意思に関係なく繰り返し思い浮かぶ考え、言葉、イメージなどで不快感を伴うことが多い」みたいな長々とした説明を「侵入思考」のたった4文字で言い表してくれるわけです。とても便利ですよね。

    ただ、専門用語にも欠点があります。それは「個別性を犠牲にする」点です。

    侵入思考。このたった4文字では言い表せられないことが必ずあるのです。人によって「侵入思考」に対する不快感に違いはあるし、頻度も違います。内容も異なるはずです。でもそれらは全て「侵入思考」の言葉の中に内包され、目を向けられにくくなります。

    例えば

    A:「侵入思考が出てきて困っちゃうよね」
    B:「わかる~」

    という会話を考えてみましょう。一見すると会話が成り立っているように見えます。

    しかし、Aは「侵入思考が出てくること自体が不快。何としても消し去りたい。でもそれが出来なくて耐え忍ぶ毎日を送っている」と考え、一方のBは「侵入思考はほとんどの人に出てくるのだから、悩むほどのことではない。時々寝ようと思ったときに出てきて困ることがたまにあるけど」程度に考えているかも知れません。この辺りの感覚は、決して上記の会話では分からないのです。会話が成り立っているように見えて、本質的なところで全然理解が一致していないのですね。

    私が思うに、このような専門用語に犠牲にされてしまった「個別性」こそが重要です。

    実際、病院で出会う患者さんが「自分は発達障害かもしれません」と言った場合、私たち臨床心理士にとって、実際に発達障害かどうかよりも「どういう点から自分のことを発達障害だとこの人は考えたのだろう」「この人のいう『発達障害』とはどのようなものを指しているのだろう」という視点の方が大切です。

    この視点にこそ、その患者さんの「リアリティ」があるからです。「発達障害」という言葉に代表させた「何か」が必ずその言葉の裏には隠されているのです。その「何か」こそがその人にとっての「現実」であり、「発達障害」はその何かを包括する「概念」に過ぎません。

    るる さんが「侵入思考」などの言葉を「概念」として使うこと自体に問題があると言っているのではありません。しかし、「概念」を使うことで本当の自分の気持ちや本質的な側面に霧がかかり見えづらくなってしまってはとてももったいないと思います。「本当の自分の気持ち」や「本質的な側面」こそ、私がいいう「リアリティ」です。

    「止まらない侵入思考」とは、 るる さんにとってはなんなのですか? どういう内容のもので、どういう体験を伴うものなのですか? それは本当に止める必要があるものなのですか? きっとたった4文字で収まるものではないはずです。一度お時間があるときにでも「自分にとっての侵入思考」を整理してみて欲しいのです。

    精神的問題の因果論の立証はとても困難

    次は「因果論」の特徴から感じたことです。この特徴も るる さんから「リアリティ」を奪ってしまっているように感じずにはいられません。

    「因果論」と思しき記述は自分史にあった「嫌われ恐怖はこの頃の出来事から?」「人間不信、女の集団が苦手になった原因」「思い返せば既にこの頃から不安症」などです。他にも非公開にされている箇所にも、それと思しき記述がみられます。

    専門用語を使うこと自体に問題が無いのと同様、因果論的な解釈自体が問題なわけではありません。

    原因と結果を対応付けるからこそ、「次は同じ結果にならないように気を付けよう」という感じで対処可能性が高まるわけです。

    しかし、現在起きている困りごとの原因を過去の記憶に結びつけることには弊害があるとも指摘されています。複数理由があるのですが、①過去は変えられない、②記憶は必ずしも正しいとは限らない、③原因が一つとは限らないなどが代表的な理由です。

    「①過去は変えられない」は説明不要かもしれませんね。嫁姑問題で家族仲が悪かったことが るる さんの「嫌われ恐怖」の原因だとしても、嫁姑問題があった過去はもう修正ができません。

    「②記憶は必ずしも正しいとは限らない」に関しては少し説明が必要でしょう。実は私たちの記憶は気が付かないうちに常に書き換えられています。「絶対に覚えている」と確信していても、実は全く記憶違いだったということはとてもよくあることなのです。

    どうしてこのようなことが起きるかというと、「昔の記憶」を思い出すのはいつだって「現在の自分」だからです。昔の記憶を思い出すには、今の自分の考え方や感情というフィルターを通してしか無理なのです。そのフィルターがかかることで、記憶が事実とは異なるものに変容されるというわけです。

    極端にいえば、同じ人が同じ出来事を思い出す場合であっても、その人が悲しいときに思い出せばより悲しいエピソードとして思い出されますし、楽しいときであれば楽しいエピソードとして思い出されるのです。

    これは可能性に過ぎませんが、「嫌われ恐怖がある」「人間不信である」との現在の思いが、実際よりも「人間に対してネガティブな感じを過去にも抱いていた」と るる さんが考える理由になっているのかもしれません。

    「③原因が一つとは限らない」も説明が必要ですね。過去の出来事は確かに現在の るる さんに大きな影響をもたらしているはずです。何もないところから、いきなり「嫌われ恐怖」が出現するはずはないのです。何かしらの過去の出来事が、 るる さんに嫌われ恐怖を抱かせる理由となっています。

    しかし、何か特定の出来事が「原因」となってそうなっていると考えるのはやや早計かもしれません。

    確かに るる さんは嫁姑問題で家族仲が悪かった過去を経験しており、この経験が「嫌われ恐怖」を感じるに至ったのに関係していないとはとても考えられません。

    とはいうものの、嫁姑問題で家族仲が悪かった人全員が「嫌われ恐怖」を抱くようになるかと言えば、そんなことは決してありません。「これが原因」というには、「原因があれば必ず結果がある」「原因がなければ結果は伴わない」ことが言えなければなりませんがそうはなっていないのです。

    別の観点から見ても、「原因が一つとは限らない」ことが見て取れます。もし嫁姑問題で家族仲が悪かったことが「嫌われ恐怖」の唯一の原因であったとするならば、決して るる さんは「女の集団でもこんな素敵な環境もあったんだ」と感動できる経験ができなかったはずなのです。

    ①で見たように過去は変えようがないわけですから、原因が消えてなくならない以上、ずっと同じ「結果」、つまり「嫌われ恐怖」がもたらされるはずだからです。

    「嫌われ恐怖」は嫁姑問題で家族仲が悪かったことが影響して生じていることは間違いがないと思います。しかしそれが原因かと言えば疑問です。同じ「女性の集団」であっても嫌われることを恐れる気持ちが出てくるときと、安心できるときと違いがあります。

    これら①~③の理由から、過去を「原因」、現在を「結果」としてだけ見る因果論は事実から大きくそれることが多いのです。本当は過去が原因ではないときにでも「私が今こうなのは昔の○○が原因だ」と捉えてしまうのは少々「概念」的で、「リアリティ」に欠けるのです。

    過去は確かに「嫁姑問題」という女性の集団に苦しめられました。しかし、現在の女性の集団が同じく苦しめられる集団であるとは限りません。過去の集団のイメージを切り離し、今の集団に対して抱く感覚を純粋に感じる必要があるように思います。

    「きっと嫌われるだろう」とリアルとは異なる状況をイメージし、そのイメージと関わっているのだから「ああかもしれない」「こうかもしれない」と様々な侵入思考が生じてしまうのだろうと思われます。それが「神経を遣い」「心身疲弊」につながっているのでしょう。しんどいですよね。

    「以前こちらで侵入思考について読み試しています」と記載くださったことから、こちらのちょもちょもさんへのお返事もお読みになったのだろうと想像します。こちらにも「現在に集中する」ことを対策として書かせていただいておりました。「現在」に疎かにせずに注力することも、私がいいう「リアリティ」です。ぜひそのしんどさを「現在に集中する」ことで取り除いていただければと思います。

    もしまだ上記の記事をお読みでない場合は、これを機にお読みいただけましたら幸いです。

    「現在に集中する」ことで、関わっているママ友集団の「リアル」を感じ取り、それでもなお「苦手な人」と思うのであれば、過去の嫁姑問題のいかんに寄らず、その人は るる さんにとって「苦手な人」確定です。子ども同士が疎遠にならない程度に、表面的な付き合いだけを続けておけば良いと思います。もし子ども同士もそんなに仲良くないなら、苦手な人とは無理して関わる必要すらありません。

    距離を取れば、その苦手な人から嫌われてしまう可能性はもちろんあります。「嫌われ恐怖」のある るる さんはそれを避けたいと思うかもしれませんね。しかし、苦手な人に嫌われれば、距離を取る良い口実になるので、かえって精神的には楽なのです。嫌がらせ等の実害が伴わない限り、「苦手な人から距離を取ることができれば精神的に楽。それで嫌われたら距離を取る口実が出来てさらに楽」くらいに考えてもいいかもしれませんね。

    以上、「リアリティ」をキーワードにして「侵入思考が止まらない」と「人づきあいに関する困難」といったお悩みを検討していきました。

    専門用語で物事を概念的に解釈するのはとても便利な反面、「実際自分はどう感じているのか?」というリアリティが損なわれます。

    過去の出来事に現在起きている困難の原因帰属するのは、何か「そうだったのか!」という安心があるような気がしますが、「目の前の人は実際どういう人なのか?」が見えにくくなる弊害もあります。これまたリアリティの喪失です。

    「女性の集団だから苦手」という感覚は概念的であり、現実に何が起きているのかを理解するのに支障がありそうです。ぜひ るる さんには「『今』自分の心に何が起きているのか」を、専門用語という誰かが作った借り物の言葉ではなく、自分の言葉で表現してみて欲しいなと思います。

    そうすれば、言葉と自分の気持ちとのピッタリ感を強く感じられるはずです。「無理と頑張るの線引き」も上手になると思います。自分の言葉を探す作業を、無理せず頑張ってみてください。応援しております。

    最後までお読みいただきありがとうございました。

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